冨山芽寿美

冨山芽寿美が画面に集約する幸せのピース。
作品を通して伝える、日常への感謝の気持ち。


 

画家、イラストレーター、漫画家など、「絵」に関わる多方面で活動している冨山さん。
その原点は幼稚園の頃、絵の魔法にかけられたかのような忘れられない体験。家族や友人らといつもの海でバーベキューをしていたときだ。ある女性が色鉛筆でさらさらと目の前の海の風景を描いた。

 
 
「小さいときから泳いだりしている馴染みの海だったんですよね。その方が描いた絵によって、いつもの海が異次元のものになって、不思議なものを目の当たりにした、魔法みたいな体験でした。一瞬のきれいさが切り取られて絵の中に封じ込められたような。人魚も描かれていて。とにかくすごいなと思った。」
 
 
いつもの海に人魚が加わり、異次元へと連れていってくれた。絵の虜になった最初の記憶だ。漫画家になりたかった夢が少しずつ変化していく。友達に誘われたことをきっかけに絵画教室に通い始めた小学校3年生のときが最初の転機だ。
 
 
「絵画教室の先生がピカソやモネなど有名画家の画集をたくさん持っていらっしゃって、よく見ていたんです。漫画も楽しいし好きだけど、画家の描く絵は想像力が広がるというか、広い世界だと感じたんです。衝撃を受けました。こんなすごいものがこの世にあるのか、と。パウル・クレーなどの絵の模写もしていたんですが画家さんの筆跡を辿ることによって、どういうふうに思いながら描いたんだろうと想像しながら描くのが楽しかったし、もともと描くのは好きだったんですが、漫画家から画家志望へはこのあたりで変わりましたね。」
 
 
友達が絵画教室に誘ってくれなかったら、そして先生が画集を見せてくれなかったら―絵は趣味で終わっていたかもしれないという冨山さん。そんな冨山さんが趣味ではなく、「作品」と呼べるものを制作したのは戌年の年賀状だったという。
 
 
「犬の版画を彫ったんですよね。絵画教室に入る前は作品というよりは楽しいから描いている、いわゆる『お絵描き』な要素が強かったんですが、先生から指導を受けている身としては失敗できないという気持ちもあり、本気を出して1枚を作る、見せるための絵、伝えるための絵。好きなように描くというよりは伝える絵という感覚でした。そのとき先生に教えてもらったやり方が私に合っていたんだと思います。ただ描くんじゃなくて、意味を込める、思いを込める。それを学びました。」
 
 

『時の静寂』何気ない風景 2018年、33歳の時の作品


 
 

作品を意識し始めたころから夏休みの全国絵画コンコールに出品するなど積極的に描き続け、大学は武蔵野美術大学に進学した。このとき専攻したのは基礎デザイン学科だった。

 
 
「私が生きていくためには絵しかないと思って美大を志したんですが、最初はデザインか日本画で迷ったんですよね。まったく違うんですが。デザイン科を選んだのは『理論』や『色彩』などの新しい勉強もしてみたかったのと、お仕事にできるかなと思ったからです。」
 
 
ところが大学は2年で退学した。絵画を描くときの自由な感性とデザインに関わる理論などの概念の間に挟まれ、「自分の絵」が描けなくてなってしまったからだ。
 
 
「習ったことに関しては楽しかったですし、勉強にもなったので無駄ではなかったんですが、向き・不向きで言えば、私には向いてなかったのだと思います。自分が描きたいものや作風もあったんでしょうね、当時。ただその描きたいものも作風も色々ありすぎて自分の世界観が作れないのも悩みでした。それでしばらく描けなくなって。」
 
 
世界観を確立できないことも作家活動の大きな課題となっていた冨山さんは1年くらい絵を描かない生活が続いたが、その課題を乗り越えることとなった第2の転機が訪れる。
 
 
「色々な作風の絵をフリーマーケットに出店する形で販売してみたんです。お客さんと対面で話す中で、自分の絵についての感想を言ってもらえて。『ここきれいだね』、『ほっとするね』とか。これを言ってもらえるだけもいいんじゃないかな、と。絵を描く意味とか自分の世界観がどうとかこだわらなくていいんじゃないかと思い始めたのがフリーマーケットですね。描かなくなったらダメだな、自分の意味を考えてる暇ないなと思って立ち直りました。そこからまたやっていこうと決めて、地元の画廊に行って出させてくれませんかとお願いして何回かグループ展をやりました。」
 
 
『ちぃちゃんとイヤな箱』 絵本の原画で色鉛筆で彩色。絵を再び描き始めた21歳頃の作品。


 
 
何気ない風景が描写されていることが多い冨山さんの絵には「日常に感謝する心を絵で伝えたい」という思いが込められているという。その背景には祖父から聞いた戦争のお話の影響も大きい。
 
 
「今普通に生活できて、着るものがあって食べるものがあって、仕事もあって。この風景が普通じゃないんだなということが言葉からひしひしと伝わってきて、日常の生活って大事だなと思っていたのですが、3.11の東日本大震災のときに戦争だけじゃなくて自然災害も起こる可能性もあるからいつなんどき世界が変わってしまうかわからない。当たり前のことってないんだなと思いました。まさに今のコロナもそうですよね。だから『残さなきゃダメだ』と思ったんですよね。きれいなお花や木も山火事でなくなるかもしれないし、見ていた風景っていつ変わってしまうかわからない。だから残したい。究極のお話、絵具の顔料だって自然から作られているものもあるので、自然がなくなると絵も描けないな、と。今こうして画用紙があって、絵具があって、描ける時間もあって、私すごく幸せだなと。それを記録としても記憶としても残していきたいんです。」
 
 

江戸時代の巻物のように記録して残していきたいと語る冨山さん。その思いから現在は月に2枚ほど油絵やテンペラ画にも挑戦しているそうだ。経年劣化が少なく、何百年と鮮やかな色彩を維持できることで知られるテンペラ画で「保存できる絵」に取り組んでいる。その隙間でイラストや漫画をインスタグラムに投稿するなど、数ある世界観を使い分けながら創作を楽しんでいる。

 
 
『たねニャンと植木鉢』
オリジナルキャラクター猫のたねニャンが初めて登場したイラスト。23歳の頃の作品


 
 
「絵は基本的に考えながら描いてしまうんですが、イラストや漫画は迷わないし、悩まないんですよ。写真でぱぱっと載せられるので気軽に投稿しています。
絵画はこういうふうに見せたいというより見る人がどう感じ取るかが楽しいポイントだと思っているんですよね。モナリザが、見る人によって微笑んでいるように見えたり、悲しんでいるように見えたりするように、見る人に想像の幅を持たせられるような絵を描きたいんですよね。だからこそ考えます。構図や色彩やバランスよりも、その絵の設定を考えます。朝の光なのか、場所はどこなのか、などなど。」
 
 

インスタグラムに掲載されているイラストや漫画、そして彼女が感じた温度やポジティブな感情が落とし込まれた絵画作品の数々。日常の幸せがそこにある。

 
 
『2本のバラ』同じバラでも描き方によって雰囲気が変わる実験作品。
18歳時の作品


 
 
 
 
 
冨山芽寿美にとって”アート”とは


 
「  呼吸と同じです   」
 
 

戻る