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Interview: むらよしみ

日本に古くからある、流されていないものを描く。

 
 

“ 絵を描きはじめた頃 „

 
 
「子供の頃から知っていたKFS(講談社フェーマススクールズ)には、えんぴつの持ち方から教わりました。そこで”あなたの絵には商品価値がありますよ”と言ってもらい、やってみようかなと思ったのが原点です。これは今でも、がんばるための力が湧いてくる言葉です。」
 
美大を出ていないというコンプレックスがあったというむらよしみさん。自身の原点だというKFSとの熱い思い出をたくさん語ってくれた。通信教育で絵の書き方を手取り足取り教わり、何も知らなかった頃の自分を”暗黒時代”とも話すむらよしみさんは、当時のことを片時も忘れていない様子でいきいきと、そして慈しむように語ってくれた。ご自身で名乗る肩書は”ねこのひと”。絵を描きはじめた当初に芽生えた和ねこ江戸ねこという題材を扱うことについてはこう話す。
 
「”むらよしみさんって、あのねこの人ね。ねこの絵を描く人ね。”と言われたいです。学生時代に一人暮らしをしてねこを飼ったことがきっかけで、ねこをちゃんと描きたい。わたしが一番かわいいねこちゃんを描ける。という思いが強く湧きました。でもどんなに理想のねこを描けても、結局はねこちゃんたちが一番です。ウチのねこがじゃなくてねこという生き物全体が、わたしの描く理想のねこよりも結局は一番かわいいです。」
 
 

 
 

“ 和ねこ、江戸ねこコンセプトの誕生 „

 
 
「2011年、オーストラリアの展覧会へ出品するために海外向けで”和”の作品を作っていました。水滴や水飛沫を描くのが好きなので、ねこが舟遊びをするようなものを。その頃に東日本大震災があって水に恐怖を覚え、水が描けなくなってしまったんです。あんなにきれいな自然の水が、って。そこで日本にずっとあって、流されていないものを描こうと思いました。消えていないものを。そこで選んだのが歌舞伎です。」
 
ねこと歌舞伎、ねこと和の掛け合いが生まれたのは、日本もむらよしみさん自身もとても苦しい時期だったという。流れていない、消えていない、ずっと日本に存在するものを描こうという思考はとてもクリエイティブであり、日本的な和の本質にも迫る鋭いものだと感じた。突然降ってきたように出会ったアイデアから作家独自の画風が生まれたというのは、とても運命的な神秘を感じる。
 
「猫の目の位置や顔つきには、面や結髪が似合うかもしれないと思いました。自分でも”すごいアイデア!”と思って。展覧会当日は会場玄関にドドンと自分の歌舞伎ねこの絵が飾られていてびっくり。”あらどうした?”って感じでした。実は擬人化したねこは昔から描かれていて、江戸時代には日本髪を結ったりと擬人化した猫を描いた歌川国芳という画家がいたり、鳥獣戯画にも1匹ねこが登場しているんですよ。昔からねこは、絵になるんですね。」
 
 

 
 

“ みてくれるお客さんもねこ好きだからこそ „

「絵をみてくれているお客さんと、お互いのねこの話になることもあります。お客さんもねこの好きな人が多いです。みてくれている人の目には自分のうちのねこちゃんが映るよう、できるだけ白ねこを描くようにしています。好きな模様に想像してもらえるように、って。」
 
まさにねこ好きによるねこ好きのための配慮。和装をしたねこたちの芸者らしいその白塗りフェイスは、江戸ねこの画風にもとてもぴたりと馴染んでいる。ねこ以外の題材を自分のキャラクターのする時にも、大いに熱量をかけているという。そのプロ意識には感服するばかり。本物の動物好きの心を浮かんで離さないわけがよくわかるお話を、伺うことができた。
 
「新しいモチーフを自分のキャラクターにする時には、まずフリー画像などいろいろな写真を見ながら描いていきます。これだと誰でもかけるリアルな絵ができる。そこから200枚くらいインプットのために描いて、時には着彩をして小品として展示に出すこともします。2週間くらいで大体形になるけれど、納得できる”自分のキャラクター”にするには2年くらい時間をかけています。いま一番思っていることはねこと江戸をかけた”ニェ戸”(にぇど)の絵本シリーズを出版したいということで、現在2作あたため中です。」
 
 

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