WORKS作品





















INTERVIEWインタビュー
“生きる歓びの断片”を描き続ける
ゼロからスタートした作品づくり
――2012年に独学で絵を描き始めたそうですが、どんなきっかけがあったのでしょうか。
「私は以前から、夢でいろんなイメージや予知夢のようなものを見ていました。その光景があまりに不思議で、絵に描いて可視化してみたいと思ったのがきっかけです。子どもの頃は絵を描くのが好きで、4歳のときに見て印象的だった海から昇る太陽の絵を描き続けていた時期もあります。ただ、大学や専門学校で美術の勉強をしたことはなく、最初は手探り状態でした。でも、なぜか『絵が描きたい。描かなければいけない』と強く思うようになり、家族はもちろん、自分でも不思議だと思いながら没頭していきました」
――どのようにして絵を学んでいきましたか?
「ドラマや映画に絵を描くシーンが出てきたら、『どんな画材を使っているんだろう?』と注目していましたし、『どうやらアクリル絵の具というものがあるらしい』と知ったら、買って試してみたりしていました。何度描いても頭の中にあるイメージに近づかなくて、挑戦しては納得できず試行錯誤を繰り返していたんです。そういった経緯があるので、今も一つの画材に絞らず、固形水彩やアクリル絵の具、オイルパステルなど、さまざまな画材を使って作品を描いています。コーヒーの粉や歯ブラシなど、一般的な画材以外のものも使っているんですよ」

国内だけにとどまらない活躍の場
――2014年に最初の個展を開催されたんですね。
「そうです。不思議なことに、絵を描き始めてからいろんな人とのご縁をいただくようになりました。あるとき、童話の挿絵を描かせてもらうことになり、その出版記念として開いたのが初めての個展です。その後も声をかけていただく機会が増えていき、2万人くらいの来場者がいる大きな会場でライブペインティングをしたり、ラジオ番組で絵について語るコーナーを持たせていただいたりもしました」
――現在も、そうした活動は続けていらっしゃるのですか?
「今は作品づくりを中心に活動しています。実は1年ほど前に、とある病を発症しました。直接命に関わるのものではないのですが一生のお付き合いで、まだ日本では症例が少ないそうです。でも、そこから最近の作品づくりへのインスピレーションを大いに得ています。また、個展やグループ展も積極的に行っています。国内だけでなくタイや香港のグループ展に参加しているほか、イタリア・ボローニャ国際絵本原画展バーチャルイラストレーターズウォールにも掲載していただいています。昨年はパリのギャラリーと契約して、そちらの展示も始まるところです。しかし絵を描くことはもちろんですが、それ以外にも自分のイメージを表現する手段はあると思っています。これから先も、一つの表現方法にこだわらない活動を続けていきます」

一点の光となれるような作品を
――すべての作品において共通するコンセプトはありますか?
「私の絵は、作品ごとに使う画材やテイストが異なるので、見ている方からすると一貫性がないように思えるかもしれません。でも全ての作品に共通しているのは、“生きる歓びを描いている”ということです。ここ数年で家族が認知症になったり、150年ほど続いた実家の旅館を解体したりと、自分のこと以外にもさまざまな出来事がありました。それらを通して、すべてのことには終わりがあるし、変わっていくことはあるのだと実感したんです。そこには悲しみがあるけれど、もっと大きな視点で見れば悲しいことではないと考えるようになりました」
――大きな視点とは、どのようなイメージでしょうか。
「例えば、人がこの世から去る、あるいは去ったあとでも、人生を振り返って思い出すのは美しい景色や情景、そしてそれに共鳴する心だと思うんです。人生は困難なこともあるし苦しみも悲しみもたくさんあるけれど、私は「ああ、今回この地球に生まれてきて良かったな」と思える瞬間の歓びの感覚をフラグメント的に覚えておきたい。あとになって思い出す地球での光景はそういうものだと思うし、そうありたいと考えています」
――最後に、今後の目標を教えて下さい。
「長くゆるく自分のペースで絵を描き続けて、それを世界中の皆さんに見ていただきたいです。先ほど、人生は困難なことが多いとお話しましたが、そうした中で私の絵を見てくださった方が、一瞬でも『地球は素晴らしい所だな』とか『人生には素晴らしいこともあるじゃないか』と、感覚的に思い出してほしい。まるで荒波のような人生の中で、一片のワラのような存在でありたいんです。そのワラをつかむことで、一瞬でも自分の力で浮かび上がることができる。そんな浮力を秘めた作品を作り続けていきたいです」
