INTERVIEWインタビュー
日本の伝統文化を世界へ 恐れなき作家・渡辺いくみ
筆で遊ぶ「己書」でデビュー早々に海外複数ヶ国へ出展
—渡辺さんの作品は「己書」ということですが、己書とはどういったものでしょうか?
「己書はもともと、あるデザイナーの方が考案した書の一種で、自らが思うままに自由に筆を走らせる自分だけの書です。筆ペンをぐるぐると回し書ききする、右から左に字を逆書きして味を出す、絵を付けるといった、書道ではタブーとされるような『筆で遊ぶ』ことも己書では良しとされます。書き順を気にする必要もありません。
『日本己書道場』が己書の師範を認定するのですが、実は2024年2月時点で日本全国に3,000人以上の師範が輩出されており、各師範が生徒を持ってさらに己書を広めています。私も知人の伝手でお誘いを受けたことをきっかけに己書を習い始め、2022年12月に師範を取りました。」
―もともと己書に通ずる趣味などがあったのでしょうか?
「絵を描くことは好きですし得意な方だと思いますが、実際のところ描いたのは学生時代ぶりだったんです。私自身はものづくりが好きで、醤油差しや銅板などの1日制作体験に参加したり、6年前には仏像彫刻も始めました。」
―ご縁が重なったということではありますが、すでに海外から複数回出展依頼がかかっているそうですね。
「師範を取った後に己書の作品をアップするInstagramを開設したら、数枚アップしたところでパリの展示会に出展依頼をいただき驚きました。そのパリでの展示をきっかけに様々な会社からお声がけいただき、ニューヨーク、ロンドン、ウィーンなど1年間に10件くらいは海外へ出展しました。また先日は、イタリアの雑誌に作品が掲載されたことをきっかけに、英国王立美術家協会の名誉会員にも選出いただきました。
私は美術系のキャリアを歩んできたわけではないので、表彰式やレセプションパーティなどで美大出身の方々に混ざると少し委縮してしまうときもありますけれども、こうしてお声がけいただけるのは大変名誉なことだと感じています。」
―どのような点が海外の方から評価を受けているのでしょうか。
「私は絵のモチーフとして仏や菩薩、斎宮、雅楽、巫女といった日本古来の伝統文化を描くことが多いです。日本よりも海外のほうが、一般人でもアートを日常的に見ており、様々な方が私の発信する日本文化に興味を持ってくれている感覚があります。」

現地へ足を運びながら体感した日本の歴史・文化を伝える
―絵と文字が組み合わさっているのが己書の特徴でもありますが、文の方はどのような思いで考えていますか。
「私の作品の文は、辛辣、重たいなどと言われることもあります。例えば地蔵の絵に他の方なら『ありがとう』や『灯火』など比較的前向きな言葉を添えるようなところで、私は『あなたを忘れずに生きていく』と書きました。流産や死産で生まれずに亡くなった子どもたちを慰める『水子地蔵』を描いたので、そのような言葉にしたんです。日本の文化・歴史に感じることや、自身の体験をストレートに伝えていきたいという思いがあるので、それが私の作品の特色でもあるのかもしれません。」
―先ほど仏像彫刻をなさっているという話もありましたが、そうした日本の伝統文化にはいつ頃からどのように興味を持たれたのでしょうか。
「祖母が仏像が好きで、祖母の家に行くと仁王像が置いてあり幼いころから親しむ機会はありました。中学生の頃から寺社仏閣に興味を持ち始め、学校の教科で一番好きなのも歴史でした。
コロナ禍以降、様々な寺社仏閣への参拝を個人的に続けています。きっかけは廃仏毀釈に関する本を読んだことでした。廃仏毀釈というのは明治時代に起きた、仏教を排斥し、寺院・仏像・仏具などを破壊・廃止する運動です。明治政府が神道を国の宗教(国家神道)として仏教と分ける『神仏分離令』を出し、日本各地で寺院の破壊、仏像の焼却が起きたのです。その本を読んだ時私は、何か自分のものではないような感覚、苛立ちを覚えました。それで各地の壊された仏像をめぐり『昔はごめんなさい』と謝って回っているんです。遺構を目の当たりにした時の自分の感覚は怖くて、嗚咽するほど泣いたこともあります。どうもこれについては第六感のようなものが働くようです。」
―斎宮や雅楽など、日本人でもよく知らない人も多いような伝統文化にも造形が深いですよね。
「寺社仏閣めぐりをしていると掲示板に祭事のお知らせが貼ってあるので、そこから知見が広がっていきました。作品『斎宮』も、京都の野宮神社の掲示板で見た斎宮行列写真をもとに描いたものです。その後、三重の斎宮歴史博物館を訪れて更に知識を深めました。
もっと日常的なテーマの作品も描いてはいますが、最も自分が描きたいものといったらそういったものになるのだと思います。」
―特に人気の作品はありますか。
「『龍上観音』はパリ、金沢、東京と3回展示の機会をいただき、パリではグランプリ、東京では最高金賞をいただきました。この作品について金沢の展示では、『平和への願いが滲み出、希望に満ちた未来を祈念する作品展にふさわしい。文字・画・書がバランスよく三位一体となり、文字は気持ちの赴くままに淀みなく筆が運ばれている』との講評を頂きました。」

失敗を恐れることなく作り続ける
―龍上観音の講評で言われる通り、渡辺さんの作品からはどれも筆に迷いがないような勢いを感じますが、実際下書きなどはされているのでしょうか。
「下書きをすることは少ないです己書の考え方では『失敗は無い』とされていることもありますが、私自身、失敗も味ではあると捉えてるので、その味をどう活かせるかを考えて、描いた作品はすべて公開するようにしています。」
―嘘偽りなく、感じたままに制作に向き合う姿勢がよく伝わりました。最後に、今後の展望について教えてください。
「売れたい!というのが本音ですが(笑)。やはり、今感じている作品への反響を通して、日本人すら興味のない日本の文化を広めていくことに使命感を感じつつあります。
絵に文字を足せるというのが己書の大きなメリットで、私の作品はそのふたつをセットで、つまり言葉のストレートな部分も含めて評価いただいていると思っています。先日パリコレ会場として有名なカルーゼル・デュ・ルーブルに出展した作品には、『最高も最低も合わせて私の人生』という言葉を添えていました。今後も絵と言葉の力で、見る人に伝わる作品を作り続けていきたいです。」
