高橋まや インタビュー

変化が激しい中で「続けること」が一番難しい。
だから描いて出す、を繰り返し続けたい。


簡単に自己紹介をお願い致します。

アーティストの高橋 まやです。
大阪で生まれて、幼い頃に東京へ移りまして、その後はずっと東京で育ちました。
子どもの頃からずっと趣味で女の子の絵を描いていて、その延長線上で活動しています。
現在は、アクリル絵具と日本画の画材を用いて、主に女性をモチーフにした絵画を制作しています。

 

作品にはどのような想いを込めていますか?

「心身が健やかであろうとすること」「瞳に、自由と希望を見つめる光」「憧れの気持ち」を大切に、というのがモットーです。
生身の女性も、神仏めいた神秘的な女性像も、色々と描いていきたいと思っていますが、一貫して、心の中で「善い」と信じているものや希望の象徴であるように、と願って描いています。

 

絵を描き始めたきっかけはなんですか?

4歳の頃、上原きみ子先生の『銀のトウシューズ』というバレエ漫画を読んだことです。
その頃、クラシックバレエを習い始めたばかりで、上のクラスのお姉さんたちがポワントを履いて踊る姿にものすごく憧れていました。母が単行本を書店で見掛けて、何の気なしに買ってくれたんだと思うのですが……女性の肉体の美しさ、華やかで輝いて見える部分と厳しく泥臭い部分、それら全部を見つめてきらきらと意志を持つ瞳……憧れているものが紙の上に全部描かれているというのは、今思い返しても言葉に詰まるくらい、本当に大きな衝撃でした。バレエに対して「こんなに綺麗で、厳しい世界があるんだ!」と日々興奮していたところに、更に「この世界を、絵に描いて表現することもできるのか!」と。
そこに近づいてみたいという気持ちが幼心にもあって、それからとにかく夢中で模写していたことを、よく覚えています。

 

絵は独学ですか?

そうです。見よう見まねで描いてきました。
中学、高校の頃からサブカルチャーにどっぷりと浸かっていて、今も漫画が大好き。特に少女漫画の絵柄からの影響が大きいと思います。
ファインアートやイラストレーションとしての「絵」は、全く身近に感じていませんでした。若いうちから専門的に学ぶ、訓練を続ける、そういうことをしてきたひとだけが、画家やイラストレーターになれるものだと思っていたんです。観るのは好きでも、あくまで他人事という意識で、自分の中にあるのは「絵を描く=好きな漫画を描く」ということでした。
漫画を描くことはずっと好きで、でも話を構築してひとに読ませるほどの力は、自分にはないと何となく分かっていて。漫画家を目指そうとか、なりたい、とは全く思いませんでした。ただただ好きで、描くことが上達したら嬉しいなという思いだけで、ひとに見せることもなく細々と少女漫画を描いていました。

 

元々はイラストレーター志望だったと伺いました。方向転換を決めた理由はなんですか?

話すととても長くなるのですが……まず、イラストレーターを目指そうと思うよりも前のことから話しますね。

絵の活動を始めたのは、2012年からです。それ以前は、洋菓子店の販売職をしていました。
雇われ店長だったのですが、店から自転車で5分の場所に住んでいたもので……何かあれば休日も店に顔を出すし、繁忙期はパートさんたちが帰った後ひとりで残業して、翌朝早くに一旦帰ってお風呂に入って、はい!また出勤!という……本当に気が休まらない毎日だったんです(笑)。合間の時間に漫画の原稿やコミックテイストの絵を描くのが、自分だけの密かな楽しみでした。

販売の仕事は大好きで、人間関係にも恵まれてとても居心地の良い職場だったのですが、2011年に一旦退職しました。
その時、家族が揃って「慌てて次の仕事を決めなくていいんじゃない?やりたいことがあるなら、学校へ通ってみたら?資格を取るのは?」と言ってくれたんです。

 

最初は、他にやりたいことなんて……と笑っていたのですが、そこで初めて「できるはずがない、才能がない、と思って途中で諦めてきたことが沢山あるけど、描くことだけは不思議と続いているなあ」と思い至って、少しずつ「今までずっと趣味で、ほとんど誰にも見せずにいたけど……真剣に取り組んで、仕事にすることってできないかな?」と考えるようになっていきました。

元々、本の虫で、書店で読みたい本を選ぶ時間がとても好きなんです。
ある時、平積みされている新刊の山をボーッと眺めているうちに「この『装画』って、全部、絵の仕事なんだなあ」と意識した瞬間があって、同時に「私、これがやりたいなあ」という思いが湧いてきたんです。そこで初めて、というか、やっと「イラストレーター」という職業を意識しました。

 

その時点で、絵の学校へ通って勉強するという選択肢は、全く頭になかったですね。
Photoshopで水彩画風のタッチの作品をいくつも描いていたのですが……正直に言うと、自分はものすごく下手だと思っていました。それでも、とにかく描いて、ひとに観てもらう、その繰り返しで上達を目指しながらイラストレーターとしての営業をしていこう、と決めまして。
未熟な絵を外に出すことで感じる(であろう)恥ずかしさとか惨めさと向かい合って、なおかつ堂々としていることが、この先の自分には、絵が上手くなることと同じくらいかそれよりもっと大切だな、と。そこから逃げたら自分はもう何の道も作れないんじゃないか、という思いだけははっきりしていたんです。

 

そうして展示会で発表することをしばらく続けていたら、やればやるほど「もしかして自分は、イラストレーションよりも、手描きで一点物の作品を作ることの方にもっと興味があって、元々の気質にも合っているのでは?」と感じるようになったんですね。それで、まずは思い切ってデジタル作画をやめてみました。

手描きで制作するようになってからは、毎日が実験みたいで。
失敗は多かったけれど、やりたい表現やそれに適した方法を手探りしていく実感の嬉しさ、楽しさは、本当に大きかったです。しばらくの間は透明水彩絵具を主に使っていたのですが、水彩紙に描くよりも、ボール紙や木のパネルに手を加えると、今までになかった自分の好きな描き味の支持体が作れることに気づいて……「じゃあ、画面への定着のことを考えたら、アクリル絵具の方がいいのかも」などと閃いて、徐々に今の作画のスタイルになっていきました。

 

その頃には肩書きのことをあまり考えなくなっていたのですが、自分の考えていることを作品に乗せて出すのがごく自然なことになっていたので「イラストレーターとしてやっていきたい、ではなくて、アーティスト」というのが、腑に落ちまして。それで、現在に至るという感じです。

 

作品づくりについて、こだわっている部分はなんですか?

女性の絵柄の魅力、心地良い絵肌の作り方、様々な角度から見た時の美しさ、敢えてマテリアルとして見た時の安心感……
追求していきたい点は山積みですが、特にこだわっているのは、自分がパッと見た時に「触りたい」と感じるような作品であることです。
触れることは絵画においてのタブーですが、作品が運良く誰かの元に渡る時は、まず掌の上に載せて(大きい作品なら端を手で持って、あるいは触っても怒られない!という意識のもとで)見てもらう、ということが、おそらくほぼ必ず起こるわけです。

そこには、印刷物やモニタ越しだったり展示会で観てもらうのとは圧倒的に違う量、性質の、初めて出会う情報や体感するしかない魅力がありますよね。誰かが手に持った時に、そういうもの全部を受け止めて「この作品を、信じて選んで良かった!」と思ってもらえる瞬間……そこに至るために、信用してもらえる引力や強度のあるものを作りたいんです。そうでなかったら作る意味がない、とまでは言いませんが(笑)、私としては、きっと味気ないです。

また、一見シンプルな構成の中で、絵具の層の重ね方にひと味加えていたり、見る視点ごとに得られる情報が違ったりとか……見る度に新しい印象、時間が経ってから気づくような表情を持った作品が好きです。
観るひとが「良さとか好きな部分を分かっているつもりだったのに!全然、分かってなかった!」という瞬間に何度も出会えるとしたら、楽しいなと。私自身が、そう感じさせてくれるものに魅力を感じていて、傍にあったらいいなと常々思っています。全面的に信じているものって、良い意味で、何度も裏切り続けてくれるんですよね。
狙ってできない部分も沢山ありますけど、そういう深さとか引き出しを湛えた作品を作れるようになれたらいいな、と思うんです。

 

日々どんなスケジュールで動いているのでしょうか?

昼間、家庭のことをする以外の時間は、できる限り制作に充てています。
締切や個展前の時期には、家族が寝静まった深夜から明け方までの時間にも描いて、2~3時間の仮眠をとって、起きてまた描く、という感じです。
いずれは、締切前でもどんと構えてしっかり睡眠をとって、涼しい顔で淡々と仕上げる……そういう描き方に移行していきたいな、と思います(笑)。

絵を描いていない時間(お休みの日など)は何をしていますか?

好きな音楽を聴くか、本を読みます。至福の時間です。
ライブやコンサートには、できる限り足を運びたいです。アカペラグループのINSPi、BROAD6をよく観に行きます。最近気になるのは、ジャズシンガーのAdikara Fardy。初恋のミュージシャンは小沢健二。ここ数年はハロー!プロジェクトも好きです。
本に関しては、もう本当に雑食なのですが、気分転換によく読むのはサスペンスや推理物。ピエール・ルメートルの和訳本が出ると、いつもテンションが上がります。

 

影響を受けた画家さんはいますか?

沢山の画家、創作家から、少しずつ影響を受けていると思います。
昔から好きでよく見ているのは、藤田ミラノさん、小林かいち、ルイ・イカール。繊細で研ぎ澄まされた線描、女性像の見せ方にハッとさせられます。

「仕事としての絵(イラストレーション)」というものを初めて意識させてくれたのは、イラストレーターの伊藤正道さん。

中学生の頃かな?書店でたまたま手に取ったコミック系の情報誌に、作品のメイキング記事が詳しく載っていたんです。
「お米の『きらら397』の絵のひとだ!」と嬉しくなって買い求めて、ボロボロになるくらい何度も読みました。アクリル、アクリルガッシュという絵具があることも、それで初めて知ったんですよ。
いつも外を歩いている時、空の色やグラデーション、変化していく雲の形に見とれたり、インスピレーションを受けることが多いのですが、ふと「ああ、伊藤さんの描かれる空みたいだなあ。好きだなあ」としみじみ感じるだけの瞬間というのが、今も本当によくあります。

 

印象に残っている展覧会や出来事はありますか?

2017年12月に、初めて銀座で開いた個展です。今の制作のスタイルに固まりつつあった時で、とても手応えを感じました。

あと、一番最近の、2019年11月の個展も印象的です。

小粒な作品が多かったのですが、どの作品も意図した以上の着地ができて、それまでやってきた中で一番良かった、この先制作していくのがもっと楽しみだな、と思えたんです。どちらも、いつもお世話になっているGALLERY ART POINTさんでの個展でした。

 

画家として最もうれしかった時、最もつらかった時は?

描ける身体と環境、発表できる場があるということが、とにかく嬉しいです(笑)。
それから「楽しみにしてます」と言って、たった1枚の絵に会いに来てくれる方がいる、観て、買って支えてくれる方がいる……それを実感した瞬間が何より嬉しかったですし、今もずっと嬉しい。自分が納得できる自分になりたい、というところから始めた道すがらにあって、応援してくれる方の存在を感じられるのは夢みたいなことだなあ、といつも思います。

 

最もつらかったことは……特に思いつきません。

つらいというのとは少し違うかもしれませんが、ネガティブな気持ちとの付き合いは、それなりにあると思います。
私は、制作中に「こう着地したい、というのは決まっているんだけど、降りる直前の自分のビジョンが見えない」と感じている時間がとても長くて……こういうことを言うと、ちょっと、なに言い出すの?大丈夫?電波系?と、自分でも心配になりますが(笑)。その絵の進んでいく先を確信できない段階に居る時ほど、孤独や不安を感じているんですけど、それはもうどうしようもない。

自信って、するべきことを続けていればちゃんとついてくるのでは?と長年想像していたのですが、どうやら私の中では、分かりやすく見目良く積み重なっていくものではないみたい、と最近は思うようになりました。この先の自分がもっと上達していけるとしても、どの地点にいても、描いている間はいつも「不確かだなあ」と呟いているのではないかと。それならそれで、やるしかないんだなあと、徐々に受け入れつつあるような気がしています。

 

絵を描くヒントを得るために何かしていることはありますか?

お風呂の湯船にしっかり浸かること。眠る前、お布団の中で瞑想すること。
新しい作品のキーワードやコンセプトは、ボーッとしている時間に湧いてくることが多いです。周りが暗くて、静かで、温かいけど頭の辺りは涼しくて心地良い……そんな環境だとパーフェクトです(笑)。
あとは、インドア気質でついつい部屋にこもってしまうので、隙間の短い時間でも外でぼんやりする時間を作るように心掛けています。「空き時間が一時間あるぞ!よし、川べりの原っぱに昼寝しに行こう!」とか。

思いついたアイデアをできるだけノートに書き留めることもしていますが、書いてすぐに制作に反映させるということは、ほとんどありません。慌ててアイデアを載せるように作ったものは、全く好きになれなくて……時間をかけて、自分なりに納得する瞬間が必要なんだと思います。そういう風に寝かせておいたものたちも、ボーッとしている時間に、自分にとっての適切な形でまた浮かび上がってきてくれる気がします。

 

今までの作品で最も「自分らしい!」と思う作品があれば教えてください。また、そう思う理由なども教えてください。

『ひかりをみている きいている』(2017年、個人蔵)

自分の中で確固たるものであっても、世間に広く通じる「形」にならないもの、というのが世界にはあるよなあと切実に感じていて、
それでも、たった自分ひとりでも大切だと思っているなら、そこへ向かう感覚を止めないことには大きな意味があると信じています。

そのことに向き合って「(絵を上手に)良く見せよう」という意識を持たないで、正直に描いた作品です。描く上での手数は多くなかったんですけど、女の子の表情が難しくて。思った通りの顔になってくれてホッとしました。
おそらく初めて自分のために描いた作品だったのですが、すぐに迎えてくれる方とのご縁があって、私の中には「ただただ、描けて良かった」という思いが残って。その後制作していく上での、ひとつの道しるべのようになったと捉えています。

 

もうひとつ、挙げてもいいですか?(笑)

『わたしたちは どこへだって(We can go anywhere we like)』(2019年、個人蔵)

公募展『桜Exhibition2019』に合わせて制作して、賞をいただいた作品です。
桜Exには、絵の活動を始めたばかりの2012年から2015年まで続けて参加させていただきましたが、様々なジャンルの優れた描き手の作品が一堂に会する中で……「上達したい」という思いだけでなく、内面や「自分にとっての『絵』」について、見つめる機会を何度もいただきました。

私は「こういう要素を入れて、こう描けば、大多数に受け入れられる」というように戦略的に描こうとするひとや、そう出来る能力を、すごい!とリスペクトしています。でも、いざ自分がそういうところを少しでも意識して描くと、残念ながらものすごく居心地が悪くて、描いたものも好きになれないんです。

何年も続けているうちに、制作スタンスや環境が変わったこともあるのですが「(桜Exでも) 賞がもらえるような、沢山のひとに受け入れられるような描き手になりたい(でも、それを口に出すことも憚られる)」と思っていた自分から「誰かの評価とは別のところで、私は、その時々の私にできる最善の絵を求めていく」という自分へと、自然と変わっていったように感じています。

この作品は、何も狙わずただ自由な気持ちで、自分が納得している表現だけを積み重ねるように描きました。おそらく今までで最も多くのひとの目に届いて、評価していただいたと思うので、本当にありがたいと思っています。
今年も、この作品がきっかけで、初めての国での展示に招いていただく機会があったり……手を離れた作品ですが、私が新しい場所を見る手助けをしてくれていると思います。それを越えていけるような作品を、この先も描きたいです。

 

これからどんなことに挑戦していきたいですか?

とにかく、描いて出す、の繰り返しを長く続けていくことです。
心身と環境が常に変化していく中で「続けること」が一番難しいんだな、と身に沁みるようになってきたからです。

こんな絵を描きたい、というところでは、実在の方をモデルに描くことです。
練習として実在のひとを描くことはあっても、オリジナルの作品では今までほとんどなかったんです。描かせていただきたいな、と胸の内で温めながら見ている方が何人かいるので、ぜひ。

 

挑戦と言っていいのかは分かりませんが、絵を描くことで叶えたいと思っていることは「良いエネルギーの交換、循環」です。
絵画、美術品は「形あるもの」で、でも、それと同じくらい日々向かい合っているのは、見えない気持ちとか信念とか、絵を観てくれるひとのエネルギーだとかの「形のないもの」でもあるなあ、と感じています。
作品は、運が良ければ作った本人の寿命よりもずっと長く生きられるはずですから、あらゆる意味で「強いもの」として残していけるように技術を身に付けたいなあ、と……その道を助けてくれるのも、きっと「形のないもの」を見つめながら善いエネルギーを作品に込めて世の中に返し続けていくことだと、信じています。

 

////////////////////////////////

高橋まや

1985年、大阪府出身。東京都在住。
学生時代から独学で絵を描き、会社員勤務(洋菓子店店長)を経たのち、
2012年よりアーティスト(画家)、イラストレーターとしての活動を始める。
主に女性がモチーフの、アクリル絵具を用いた絵画作品を得意とする。

ウッドパネルに独自の処理を施し、木の質感を生かす手法で描かれる作品は、
見る度に絵肌の表情が変わって見える不思議なテクスチャと、柔らかな透明感が魅力との評価を受けている。

「心身が健やかであろうとすること」「瞳に、自由と希望を見つめる光を」
「憧れの気持ち」を大切に、ノスタルジックかつ華やかなテイストで、希望の象徴としての女性像を描く。

≪作家紹介ページはこちら≫

戻る