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骸仙全照 Web個展 死禅(Shizen) — 美しい死と涅槃 —
2023.10.16 - 2023.10.31
Statement
「死禅」と書くと不吉に見えます。しかし日本では殆ど知られていませんが、原始仏教において仏陀やその弟子達は死体の散乱する墓場で瞑想し修行しました。無常を悟る為である。現在でも上座部仏教では警察の死体置き場で僧侶が瞑想修行しますが、日本人の目には奇異に映るでしょう。
まずインドにおいて仏教は上座部と大乗に分かれ、中国では後者が儒教や道教の影響を受けました。日本に渡ったのはこの大乗仏教ですが、さらに日本では神道と習合したこともあり自然崇拝的な禅(瞑想)が日本人には好まれるようです。
しかし原始仏教における瞑想は自然を愛し一体化する瞑想(禅)というより、自然含めたこの宇宙から自らを完全に消し去る(=つまり生きないこと)ことを至高と考える恐ろしいものであった可能性があります。自然含めたこの宇宙の全てに対する愛着(愛・執着)を断つ瞑想(禅)であったと思われる。だから自然ではなく死禅なのである。
そしてソクラテスは愛智(哲学)とは死の訓練であると言い、肉体とは魂の牢獄だと言いました。死とはその牢獄からの魂の解放であると考えたのである。 愛智とは死(魂の解放)の訓練であり、禅とは涅槃(ニルヴァーナ)の訓練である。その意味での「死禅」である。至高の美への旅立ちである。
作品には大乗仏教的な物も含めましたが、基本的にこの原始仏教を意識した物になっています。
骸仙全照 | Gaisenzenshou
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まずインドにおいて仏教は上座部と大乗に分かれ、中国では後者が儒教や道教の影響を受けました。日本に渡ったのはこの大乗仏教ですが、さらに日本では神道と習合したこともあり自然崇拝的な禅(瞑想)が日本人には好まれるようです。
しかし原始仏教における瞑想は自然を愛し一体化する瞑想(禅)というより、自然含めたこの宇宙から自らを完全に消し去る(=つまり生きないこと)ことを至高と考える恐ろしいものであった可能性があります。自然含めたこの宇宙の全てに対する愛着(愛・執着)を断つ瞑想(禅)であったと思われる。だから自然ではなく死禅なのである。
そしてソクラテスは愛智(哲学)とは死の訓練であると言い、肉体とは魂の牢獄だと言いました。死とはその牢獄からの魂の解放であると考えたのである。 愛智とは死(魂の解放)の訓練であり、禅とは涅槃(ニルヴァーナ)の訓練である。その意味での「死禅」である。至高の美への旅立ちである。
作品には大乗仏教的な物も含めましたが、基本的にこの原始仏教を意識した物になっています。
骸仙全照 | Gaisenzenshou
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