日本大学芸術学部、通称「日藝」は、総合大学の一学部という他の芸術大学とは一線を画す存在です。日本最大の総合大学のネットワークを活かした独自の芸術教育は、常に芸術の理想と創造の原理を追求してきました。本特集の巻頭では、同校で学び、現在脚本家として第一線で活躍する吉田 恵里香氏へのインタビューを掲載。「8つのアート1つのハート」というキャッチフレーズを掲げ、進化を続ける日藝の「表現の真髄」に迫ります。

INDEX

01. Special Interview|吉田 恵里香様(2010年 文芸学科卒業)

もともと小説家志望だったとお伺いしています。幼少期から文章を書くことや物語を作ることがお好きだったのでしょうか? 子どもの頃はどのようなことに夢中になるお子さんでしたか?

――母曰く「遊びのすべてが机の上で完結できる子」だったそうです。絵を描いたり、工作をしたり、絵本を描いたり……物語を作ることは幼い頃からずっと大好きです。友達数名と親しか読んでいない絵本の連載を3年以上続けていました。

小説家を目指していたなかで、脚本家という仕事を意識するようになったきっかけを教えてください。大学時代に現在の事務所につながる出会いがあったそうですが、当時はどのような思いで脚本の仕事に関わり始めたのでしょうか?

――演劇や映画にはずっと興味があったので、小説を書きつつ、色々挑戦してみたいと思っていました。学生にとって演劇チケットを購入し続けるのはハードルが高かったので、当日制作というチケットモギリや片付けのお手伝いをして無料でお芝居を見せてもらうボランティアみたいなことを大学一年の頃はよくしていました。当日制作をする中で、今の事務所のマネージャーと出会い、そこから脚本家になったので、仕事として意識するのは流れでゆるやかに……という感じです。どんなことでも一度興味があれば飛び込んでみるとチャンスが繋がることはあります。

日本大学芸術学部にて

日本大学芸術学部文芸学科への進学を決めたきっかけや、高校生の頃に日藝にどのような期待を抱いていたかを教えてください。また、実際に日藝に入学してみて、入学前に思い描いていたことと、現実との間のギャップはいかがでしたか? エピソードなど踏まえ教えて頂けますと幸いです。

――私は中学受験の時に日藝があるから日大中学校を選びました。その時は美術学科に行けたらいいなぁと漠然と思っていましたが、中学高校と小説を書くようになり文芸学科を選びました。日藝の良い所は学科が多い所です。自分の学科でなくても、他学科の授業を多くとることができたので結果、様々なクリエイティブを学ぶことができました。ギャップでいうと当時キャンパスライフのイメージがドラマのオレンジデイズのようなキラキラしたものしかなかったので、一人の世界に没頭しがちな文芸学科の雰囲気に当時は非常に困惑しました。今振り返ってみれば、それも充分キラキラしていたのですけどね。

大学時代、特に印象に残っている授業や先生、創作活動での出来事はありますか? 現在の脚本家・小説家としての活動につながっていると感じる学びや経験があれば、ぜひ教えてください。

――文芸学科で古典落語からボーカロイドまで様々なエンタメに触れることができたので、若い頃に仕事を振られた時でも、知識を0からではなく多少知った所から始められたのは非常に助かりました。ボカロ小説のオファーが来た時も、すぐに仕事として執筆することができました。

日本大学芸術学部にて

これまでのご経験を踏まえて、「こんな人には日藝が向いている」「こういうことを学びたい人にはおすすめしたい」と感じるのは、どのような人でしょうか? これから進学を考えている学生に向けて、日藝で学ぶ魅力もあわせて教えてください。

――日藝の良い所は、何かしらプロになりたくて真剣に全力で頑張りたい人にも、ゆるゆると頑張ってゆるゆる将来のことを考えたい人にも居場所がある所です。8学科ありますので(転科はなかなか大変ですが)途中で志す道を変更するのもあり。私の頃は他の学部の授業も受けようと思えば受けられるものもありました。そのゆるさが日藝の魅力です。みんなそれぞれのペースで頑張れる場所って貴重だと思います。

大学卒業後、脚本家として活動を続けるなかで、思うように仕事が得られなかったり、収入面で苦労したりする時期はありましたか? 創作を続けること自体に迷いが生じた経験や、そこから「それでも書き続けよう」と思えたきっかけがあれば、差し支えない範囲で教えてください。

――20代半ばになるまではお金に余裕がなく、なるべく自転車と徒歩で移動していました。ただ大変ありがたいことに、私は実家が関東圏になり、実家住まいでしたので本当の意味で食うに困ることがなかったのでアドバイスできることは基本的にはないです。運が良かったから頑張れた部分は私が大きいです。そのうえで言えることがあるならば、頑張っていればそれを見ていてくれる人が必ず現れることです。書いていた映画がポシャったり、シナリオの内容をがらっと変えられてしまったり、嫌なことをされたり、落ち込むことはありましたが、その場で誠実に仕事をしていれば誰かが見ていてくれて次につながることも多かったです。なので、物語に誠実でいることが大事だと思います。

日本大学芸術学部図書館にて

これまで『虎に翼』『恋せぬふたり』をはじめ、さまざまな作品を手掛けてこられました。作品を作る際、最初に「こんな物語を書きたい」というテーマや問いが浮かぶのでしょうか? それとも、登場人物やシチュエーションから物語が広がっていくのでしょうか?

――私はここ数年はずっと「自分の人生の選択肢は自分が持ち、自分で決める(それができない場合は歴史や社会構造が間違っている。あなただけの問題じゃない)」をテーマに物語を描き続けています。自分が心から書きたいテーマを、どのジャンルでどう味付けしていくかを日々考えています。

最後に、これから作家や脚本家を目指す学生、そして「文章を書くことが好きだけれど、それを仕事にできるか迷っている」という若い世代に向けて、メッセージをお願いします。

――作家は免許制ではないので、名乗った時点で作家になれます。10代でも後期高齢者になってもいつでもデビューができます。かならずしも仕事にする必要も専業作家になる必要もありません。一旦作家を諦めて他の仕事をして、やっぱり作家を目指すも全然ありです。作家の良い所は人生の良い所も嫌な所も全部ネタにできることです。それを踏まえて作家になりたい皆さんは是非この世界に飛び込んでみてください。物語を紡ぎ続ける世界は最高だよ。

第40回向田邦子賞贈賞式にて

【吉田 恵里香氏プロフィール】

1987年生まれ。神奈川県出身。2010年度 同校文芸学科卒業。脚本家・小説家。

テレビドラマ、映画、アニメーションなど幅広いジャンルで脚本を手がける。主な作品に、NHK連続テレビ小説『虎に翼』、ドラマ『恋せぬふたり』(NHK)、『花のち晴れ~花男 Next Season』(TBS系)、映画『ヒロイン失格』『センセイ君主』、アニメ『ぼっち・ざ・ろっく!』などがある。『恋せぬふたり』では、他者に恋愛感情も性的欲求も抱かないアロマンティック・アセクシュアルの男女の生き方を描き、第40回向田邦子賞を受賞。2024年度前期のNHK連続テレビ小説『虎に翼』では脚本を担当し、大きな注目を集めた。

02. 8つのアート、ひとつのハート。多彩な表現が交差する芸術総合学部

1921年、「美学科」から始まった日藝の歴史

日本大学芸術学部、通称「日藝」の歴史は、1921年(大正10年)にまで遡ります。東京・神田三崎町の日本大学法文学部内に「美学科」が誕生し、同年4月に本格的に開講しました。1924年には「文学科文学芸術専攻」へ改称され、同年12月には専門部文科文学芸術専攻が併設されました。翌1925年4月には専門部が開講し、さらに芸術教育の領域を広げていきました。1929年には文学科芸術学専攻に映画課程、専門部文科文学芸術専攻に文学・演劇・映画・美術・音楽の各部門が設けられ、現在の日藝にも通じる、複数の芸術領域を扱う教育の礎が築かれていきます。

戦後の1949年には、学制改革によって新制学部へ移行し、芸術学部が発足。写真・映画・美術・音楽・文芸の5学科からスタートし、翌1950年に演劇学科、1960年に放送学科、1996年にデザイン学科が加わり、8学科を擁する芸術総合学部へと発展しています。100年以上にわたって時代の変化とともに芸術領域を広げてきたこと。それこそが、日藝の大きな特徴のひとつです。

「一芸」ではなく、「芸術総合」という考え方

日藝を語るうえで欠かせないのが、「8つのアート1つのハート」という言葉です。

写真、映画、美術、音楽、文芸、演劇、放送、デザイン。一見すると、それぞれ異なる専門領域に見える8つの分野を、1つの学部の中で学ぶことができるのが日藝の大きな特色です。そして日藝が重視しているのは、単に8つの専門分野を並べることではありません。学科や専攻の垣根を越えた合同制作や、8学科の学生が履修できる「芸術総合講座」などを通じて、異なるジャンルの表現に触れる機会を設けています。

1つの表現が別の表現と出会うことで、新しい創作の可能性が生まれる。専門性を深めながら、同時に他ジャンルから刺激を受ける。

この「横断性」こそ、日藝が掲げる芸術総合の精神といえるでしょう。

実技だけではない。理論と創作を往復する教育。

日藝の教育では、創作だけでなく、実技と理論のバランスも重視されています。たとえば、美術学科では絵画と彫刻の2コースを軸に、創作と並行して、理論・美術史・作品研究・表現技術の習得など、実技と理論の両面から美術を総合的に学びます。また、展覧会や地域アートなど学外にも目を向け、自らの創作と時代や社会との接点を考えながら、それぞれの表現を模索していきます。これは美術だけに限った特徴ではありません。

日藝では、それぞれの専門分野の教育を深めると同時に、学科の垣根を越えた総合的なカリキュラムを展開し、芸術・文化全般にわたる広い視野を育むことを目指しています。

時代とともに、新しい芸術領域を取り込んできた100年

1921年の「美学科」から始まった日藝は、時代とともにその領域を広げてきました。

映画、写真、放送、デザイン——。

その時代に生まれた新しい表現やメディアを芸術教育の中に取り入れながら、現在の8学科へと発展してきたのです。1929年には日本の大学教育で初めて映画を教科の課程に採用したと、日本大学の歴史資料にも記されています。こうした歩みを振り返ると、日藝の100年とは、伝統を守るだけの歴史ではありません。新しい表現やメディアを教育の中に取り込みながら、その領域を広げてきた歴史ともいえるでしょう。

8つの表現が交差する、その先へ

現在の日藝には、写真、映画、美術、音楽、文芸、演劇、放送、デザインという8つの専門領域があります。それぞれの道を究めることはもちろん、異なるジャンルから受ける刺激が、自らの表現に新たな色を加えていく。

日藝が掲げるこの考え方には、一つの専門性を深めるだけでなく、さまざまな芸術との出会いを自らの表現へとつなげていく姿勢が込められています。

1921年の「美学科」から始まり、100年以上にわたって芸術教育の領域を広げてきた日本大学芸術学部。8つのアート、1つのハート。

その多彩な表現が交差する場所から、これからも新しい芸術の担い手が生まれていきます。

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