猫はいつから、かわいくなった?――アートから見る日本人と猫の関係

猫は、昔から私たちの暮らしのすぐそばにいる存在である。
今では、SNSを開けば世界中の猫たちに出会うことができ、写真や動画、映画、グッズなど、さまざまな形で猫を目にする機会も多い。
では、昔の人々は猫をどのように見ていたのだろうか。そして、猫はいつから「かわいい存在」として親しまれるようになったのだろうか。
今回は、そんな身近な存在である「猫」に注目。日本美術に登場した猫の姿をたどりながら、時代とともに変化してきた猫と人との関係、そして現代のアートにおける猫の姿を探っていく。

江戸時代の猫――「怖い猫」が「かわいい猫」になるまで

今では、寝ているだけで「かわいい!」と言われる猫。SNSを開けば、世界中の猫たちが次々と現れる。
ところが、昔の日本では、猫は「かわいい!」とは少し違った存在であった。
そもそも、猫が日本美術に登場するのは、なんと12世紀までさかのぼるといわれている。
その姿が描かれているのが、『信貴山縁起絵巻』「尼君の巻」(朝護孫子寺蔵)である。家の中でうずくまっている、黒ぶちの猫だ。

今から800年以上も前の猫である。そう考えると、猫はずいぶん昔から日本人の暮らしの中にいたことがわかる。時代が変わっても、家の中でちょこんとうずくまる姿は、なんだか今の猫と変わらないようにも見える。では、そんな猫が、江戸時代にはどのように見られていたのだろうか。

床下でうずくまる現代の日本の猫

江戸時代の猫といえば、ネズミを捕ってくれる頼もしい存在である一方で、「化け猫」として妖怪扱いされることもあり、人々から少し怖がられていた。忠義の犬とは対照的に、不気味で狡猾な動物と思われることも多く、絵画の中でも主役というより、ちょこんと添えられる程度。完全なる脇役である。

そんな猫のイメージを、大きく変えた人物がいる。歌川国芳である。

無類の猫好きとして知られる国芳は、猫をモチーフにしたユニークな作品を次々と生み出した。歌川広重の『東海道五十三次』を猫だらけにしてしまったパロディ作品『猫飼好(みゃうかいこう)五十三疋』や、歌舞伎役者を猫の顔で描いた似顔絵など、その発想はまさに奇想天外である。

国芳の手にかかれば、猫は脇役から一気に主役へ。「化け猫」として怖がられていた猫が、今度は絵の中で大活躍するのである。猫、なかなかの出世。

『猫飼好五十三疋』作:歌川国芳

とはいえ、当時の「猫人気」は世の中全体に広がっていたわけではない。こうした猫ブームは、あくまで歌川一門を中心とした流行であった。
つまり、江戸時代の猫は、まだまだ「みんなのアイドル」というわけではなかったのである。

文明開化以降の猫――猫、近代化する

「化け猫」のイメージがようやく薄れていったのは、明治時代の文明開化がきっかけだった。合理的・科学的な考え方が広まるにつれて、それまでの価値観も少しずつ変化した。猫も「なんだか不気味な生き物」ではなく、ひとつの「生き物」として見られるようになっていく。

そして、ここで猫にちょっとした転機が訪れる。
ペストの流行を背景に、ネズミを捕ってくれる猫が注目され、なんと国家が猫の飼育を推奨するようになったのだ。 ここで猫、まさかの国家公認。

ネズミを捕獲する猫

とはいえ、まだまだ「かわいいから飼う」という時代ではない。 戦争が始まると、今度は毛皮の供給源として命を奪われることもあった。猫は人間にとって、まだまだ「役に立つ存在」として見られていたのである。 そんな猫の立場が大きく変わるのは、戦後になってからのこと。 シャム猫やペルシャ猫といった洋猫が日本に入ってくると、猫は富裕層のペットとして人気を集めるようになった。

そして時代が進み、高度経済成長が終わりを迎えるころには、野良猫の数が減っていったことも後押しとなり、猫は少しずつ、そして本格的に「一緒に暮らしたい存在」へと変わっていった。
こうして猫は、「ネズミを捕るための猫」から「家族として愛される猫」へと、その立場を変えていったのである。

ペルシャ猫

怖がられ、働かされ、そしてついには愛される。
猫の歴史、なかなか波瀾万丈である。

現代――猫は、アートになったのか?

こうして猫は、「ネズミを捕るための存在」から「家族として愛される存在」へ。
時代とともに役割を変えながら、私たちの暮らしにどんどん近づいてきた。猫をモチーフにした写真や映画が人気を集め、かつての歌川国芳の作品も再び脚光を浴びるようになった。
そして現代。SNSを開けば、甘える猫、寝ている猫、走り回る猫、なぜか箱に入りたがる猫……と、世界中の猫たちが次々と登場する。もはや猫は、私たちの生活のどこにでもいる存在である。では、「猫といえばこの人!」と聞かれたら、誰を思い浮かべるだろうか。
岩合光昭氏の猫写真や、SNSでたくさんのフォロワーを集める「インフルエンサー猫」など、現代には猫を主役にした表現があふれている。

一方で、「猫を描く画家」と聞いて、すぐに名前が浮かぶ人は意外と少ないのではないだろうか。もちろん、今も猫をモチーフに作品を制作する作家はたくさんいる。それでも、歌川国芳のように「猫といえばこの人」と、多くの人が思い浮かべる存在は、現代では少し見えにくくなっているように感じられる。なぜだろうか。

歌川国芳の描くユーモラスな猫たち
出典: 太田記念美術館

その理由のひとつには、「かわいい猫を見る方法」が大きく変わったことがあるのかもしれない。昔は、猫の姿を楽しむために、絵画や写真、映画などを通して見る必要があった。ところがSNSが普及した今では、スマートフォンを開けば、世界中の猫たちにすぐ会える。しかも、無料である。

寝ている猫も、変な顔をしている猫も、飼い主に甘える猫も、スクロールするだけで次から次へと出てくる。こちらが「もう十分」と思っても、猫のほうは一向に帰ってくれない。そう考えると、猫の可愛らしさそのものを楽しむために、わざわざ「絵画」という方法を選ぶ必然性は、以前より薄れているのかもしれない。

では、これは「猫とアートの関係が弱くなった」ということなのであろうか。

むしろ、逆なのかもしれない。現代の猫は、写真や動画だけでなく、映画やグッズ、広告、SNSなど、さまざまなメディアを自由に行き来している。もはや「猫はどこにいる?」と探す必要すらない。向こうから勝手にやってくるのである。

歌川国芳の時代には、「猫を描くこと」そのものが人々の興味を引きつける表現であった。一方、現代では、猫そのものがメディアを横断して人々を惹きつける存在になっている。だからこそ、猫を描く作家が目立たなくなったのは、猫の人気が衰えたからではなく、むしろ猫があまりにも身近になったからなのかもしれない。

猫は、何も変わらない。いつの時代も気まぐれで、人間の思い通りにはならない。そんな自由さや愛らしさを、ずっと持ち続けている。変わってきたのは、猫を取り巻く人間の社会や価値観である。猫をモチーフにした作品を見ることは、猫の姿を眺めるだけではない。そこには、その時代の人々が猫をどう見て、どんな距離感で付き合っていたのかが映し出されている。

では、現代の作家たちは、そんな猫をどのように捉えているのであろうか。SNSを開けば、かわいい猫はいくらでも見られる。それでも、あえて一匹の猫を「作品」として描く。そこには、写真や動画ではなく、絵画だからこそ捉えられる猫の姿があるのかもしれない。

ここからは、そんな「今の猫」を生き生きと描き出す作家たちの作品を紹介する。

お昼のシロ1

作家名:財田翔悟
サイズ:180×180mm
画材:綿布、ピグメント、岩絵具、アクリル絵具、硫酸カルシウム
制作年:2022年

作品について
家にいる猫、シロは表情豊かでいつみてもかわいいのですが、欠伸をする瞬間が何ともいえなくいとおしいのです。猫は一日の大半を寝て過ごしている生き物で、起きていてもどこか眠そうです。何にどう頑張ってるのかわからなくなるくらい漠然と過ごす中で、一旦立ち止まって休むことやあんまり考えすぎても無駄だなと思わせてくれる脱力したシロの表情には少しの笑顔と新たに進む気持ちをくれる力があるのです。

タコと招き猫

作家名:財田翔悟
サイズ:333×242mm
画材:綿布、ピグメント、岩絵具、アクリル絵具、硫酸カルシウム、箔、墨
制作年:2024年

作品について
猫は「招き猫=お金やお客を招く」、タコは「多幸」を表している縁起物の組み合わせになっています。以前住んでいた山形県のご当地民芸品に相良人形というものがあります。米沢市で江戸時代から作られているこの民芸品の中でも有名なモチーフで「猫に蛸」という猫の頭にタコが巻き付いたものがあり、今回はそこから着想を得て制作しました。招き猫の中でも黒猫については魔除け、厄除けのご利益があるそうです。福を招いて、厄を退けるような作品になってくれればいいなと思って描きました。

Cocky kid

作家名:中尾博恵
サイズ:190×273mm
画材:紙に墨、岩絵の具、プラチナ泥
制作年:2026年

作品について
子猫が意気揚々と歩いている様子を描きました。 子猫の愛らしい動きや柔らかな毛、質量を墨の特性を生かして表現しています。この子猫を描くのに4種類の墨を使っています。それらを薄く塗り重ね、徐々に黒くしていく描き方です。山口華楊の黒猫の表現に憧れて、また、墨による黒と白の美しいコンポジションを求めて、自身なりの抽象的黒猫を描いています。猫としての具体性が出過ぎないように、髭は描かないことにしています。

Princess

作家名:中尾博恵
サイズ:455×273mm
画材:紙に墨、岩絵具、墨、プラチナ泥
制作年:2025年

作品について
墨で灰色のモチーフを描くことに挑戦した画題でもあります。墨だから出来る柔らかさと、それであって物質感や質量を感じさせるために墨の種類や塗り重ね方を研究しています。墨で描いた上からプラチナ泥で毛描きをして、重厚感を持たせています。

ここをキャンプ地とする(炊飯器の上)

作家名:山田貴裕
サイズ:727x910mm
画材:パネルにインク、鉛筆とジェッソ
制作年:2024年

作品について
木製パネルに描いたキジトラ猫。やや神妙な顔をして炊飯器の上に陣取り、お尻を温めています。どこか哲学的な深みを帯びたこの作品は、2020年代から作者のトレードマークとなっているオマージュ作品『フェルメール猫』と同じ写真をモデルにしています。アンパンマンに見えるという説もあります。2026年、月刊アートコレクターズ9月号猫特集にご掲載いただきました。近日、高知県の酒蔵にて日本酒ラベルにも採用(予定)

今日会社...やすみ?

作家名:山田貴裕
サイズ:242x410mm
画材:パネルにインク、鉛筆とアクリル
制作年:2026年

作品について
予期せぬ祝日にガッツポーズ。愛猫のキジトラを2022年に看取ったのち、友人・知人の猫をモデルに描かせていただく機会が増えました。その中でも最も多い、20点以上描かせていただいているハチワレです。本作は6連作の中の1点で、猫じゃらしを相手に格闘するおもしろかわいい姿を描きました。2026年12月10-16日、広島の福屋八丁堀本店での個展に出品予定です。ぜひ実物をご覧になってみてください。

hazel

作家名:渡部ゆか
サイズ:140×200mm
画材:墨・雲母・金泥・水干絵具・細川紙
制作年:2025年

作品について
和紙を湿らせて墨をにじませながら描いています。猫の瞳の吸い込まれるような美しさを表現したく、描いているシリーズの一枚です。

青の猫

作家名:渡部ゆか
サイズ:200×300mm
画材:墨・顔彩・白麻紙
制作年:2016年

作品について
「色」をテーマに描いた一連の作品の中の1枚です。当時は越前白麻紙を使っており、紙の白と墨の黒のコントラストを楽しみながら描きました。

元日の 遅い朝

作家名:むらよしみ
サイズ:350×255mm
画材:水彩紙アルシュ、ミリペン、透明水彩
制作年:2023年

作品について
一年の始まり 新しい小袖を着て 新年の挨拶回り 禿(かむろ)にゃんは 大きな羽子板を手に持ちます

木洩れ日に猫

作家名:國奥雀謳
サイズ:530×455 mm
画材:和紙、岩絵具、墨、胡粉
制作年:2021年

作品について
この作品は、バイク旅の道中に寄った御殿場サービスエリアでの風景です。広い板張りのベンチの木陰で微睡む猫達が可愛く、絵にしようと思い、収集した写真から描きました。光の加減や毛の質感などの表現に力を入れました。観る人にホッと一息つけるものになればいいなと思います。

眼差しの先

作家名:岡本望
サイズ:212×282×52mm
画材:木製パネル、白麻紙、岩絵具、胡粉、準金泥
制作年:2025年

作品について
猫が何かをじっと眺めている瞬間を描きました。視線の先には何があるのか。猫の見る世界はどのようなものなのか。一人称の猫の視点を想像しながら描いた一枚です。

仰ぎみるねこ 太陽

作家名:Mutsuko
サイズ:606mm × 500mm
画材:アクリル絵具
制作年:2020年

作品について
光のある方へ、静かに顔を上げる一匹のねこ。その瞳の先にあるのは、あたたかな太陽です。もともとシルバーのモデル猫。ピンクやオレンジ、赤を重ねた毛並みには、太陽の光を纏わせ、輝く生命を吹き込みました。ふわりとした毛の一色一色に、ぬくもりやエネルギーを感じてもらえますように。何かを求めるよう、まっすぐに太陽を仰ぎ見る姿。その姿には、「光を見つめること」「前を向くこと」「明日を信じること」を重ねています。 見る人の心にも、太陽のようなあたたかな光が届きますように。そして、少し元気が欲しいときに、このねこがそっと寄り添ってくれるような存在になれば嬉しく思います。

 

ここまで、猫とアートの歩みをたどってきた。

江戸時代から現代まで、アートの中に登場してきた猫をたどると、時代によって猫へのまなざしが大きく変わってきたことがわかる。「化け猫」から、ネズミを捕る存在へ、そして家族の一員へ。
今ではSNSを開けば、世界中の猫たちに出会える時代である。それでも、猫そのものは昔も今も変わらない。変わってきたのは、私たちが猫をどう捉え、どのようにその姿を表現してきたかである。

これから猫は、アートの中でどんな姿を見せてくれるのであろうか。気まぐれな猫のことだから、きっと私たちの予想を軽々と飛び越えてくれるはずだ。