Interview注目の作家

川添裕子
岩絵具で描く「現実と幻想の狭間」の世界
岩絵具の素材感に魅せられ、日本画の世界へ
古代魚や深海魚など一風変わったモチーフたち。 危うげな静けさと、じっと見ていると動き出しそうな実在感が混在する不思議な魅力をまとう川添裕子さんの作品はどうやって生まれたのだろうか。 ― 日本画を始めたきっかけは? 「小さい頃から絵を描くのは好きだったんですが、本格的に絵を学んだのは美術科のある高校を受験したときからです。 高校1年の終わりに専攻を決めるのですが、もともとは版画がやりたかったんです。中学生の時に浜口陽三の作品を見てすごくいいなと思って。でも版画の専攻は無くて。 その頃たまたま図書館で、東山魁夷の「道」を見て「こういうのもあるんだ」と思ったんです。これが日本画なんだと。それまであまり日本画を意識して見たことがなかったんですね。パステルトーンのような淡い雰囲気、そこに魅力を感じて、日本画が何かもわからないまま日本画を選びました。 」 ― 岩絵具に魅せられて 「授業では最初、水干絵具しか使わせてもらえなかったんですが、高校3年の時に岩絵具の存在を知って、「これを使いたい」と思いました。 サンゴの化石のような、軽石みたいな、ぷつぷつとした、普通のチューブの絵具にない独特の感触なんです。岩絵具特有の素材感にすごく惹かれました。 その素材感を生かした作品を描きたいと、今も心がけています。 岩絵具って一般の人にはあまり知られていないのが残念。 もともと日本画ってちょっと敷居が高い気がしますしね。私自身もあまり知らなかったくらいですし。でもこんなに雰囲気のある魅力的な画材があるということを、もっと多くの人に知ってもらいたいと思っています。 」
古代魚との出会いと「非日常」の世界観
― 古代魚や深海魚をモチーフに選んでいますが、なぜ古代魚を? 「古代魚をはじめて水族館で見たのは高校生のとき。モチーフとして意識したのは大学に入ってからですね。 写生のために水族館に行って、人の邪魔にならないように空いているところを探して、見つけたのがピラルクの水槽でした。一日坐っていても大丈夫なくらい空いていましたね(笑)。「不思議な生き物がいるなあ」と思いながら写生しました。 そのスケッチを見た大学の先生が「これは鯤(こん) だ」と言ったんです。 「鯤」とは、中国の「荘子」に逍遥遊という一文があって、北の海に鯤という大魚がいて、鯤はやがて鵬という鳥になって飛んでいくという話だそう。 ピラルクも呼吸するために水面に上がるので、私の中でその話がすとんと腑に落ちて、そこからピラルクを描くようになりました。 何回描いても飽きないんですね。ピラルクの新たな良さも見えてきたり、自分がまだ納得がいってないところもあるので描き続けています。」 ― 色づかいも個性的で、現実感が無いように感じます。 「それは意識しています。見たままの色はたぶんあまり使っていない。 狙って描いているわけではないんですが、見たものそのままではなく、自分の意識が入っていますね。 たとえばスケッチしようと桜を見ていると、もちろん幻覚なんですが、にょろにょろと肺魚が出てきたような気がして、それを一緒に描いたり。 たぶん、行き過ぎた想像力なんですよね。ちょっと現実離れして見えるのは、それもあるのかも。 私は「絵空事」という言葉が好きなんです。「ありえないこと」。 今だったら加工できるから写真も自由にできますけど、絵でしか表現できないことがあると思っています。」
水や空気のように自然体で描く
― どんなことを表現したいと思って描いていますか 「明確な目的があって描くというより、衝動に近いかもしれないです。 作為的なものではなく、自分の内面を流している感じじゃないかと思います。 古代魚をモチーフにしたのも、最初から「これを描きたい」という明確な意思があったわけではなく、なんとなく流れていって、そこにはまった感じ。 日本画を専攻したのも、岩絵具に惹かれたのも、「自分から進んで」ではなく、縁あって流れるように自然に辿り着いた。狙ったものでなく、自然にですね。」 ― 今後取り組んでいきたいことは 「これからは、魚以外のモチーフも描いていきたい。 ハシビロコウを描いたことはその転機になるのではないかと思っています。 コロナ禍でなかなか写生に行けないんですが…。 過去の展示を見てくださった方に、「ハレの日とケの日」、日常と非日常の隙間のような世界観の絵ですね、と言われたことがあって、そこをつきつめていきたいとも思っています。写真では表現できないリアルと幻想の隙間、それが絵にできる醍醐味だと思います。 そして誰かにそっと寄り添っている、特に主張はしないんだけれど、そこにいる。そういう絵をかけたらすごく嬉しい。 日本画はとっつきにくい部分があるかもしれないけれど、そのなかで変なことやっている人がいるなあと、日本画ってどんなんだろうと興味を持ってもらえたらいいですね。 」 ― 川添裕子さんにとってアートとは 「私にとって絵を描くということは「水と空気」。そこにあってあたりまえのもの。 だから自分でもそこまで意識していないけれど、それがないと死んでしまう。 「何かを表現したい」という作為的なものではなく、もっと自然なものなんです。」