山根さちえ

Yamane Sachie

価値観が変化していくのは自然の原則

子育てや日々の変化の中で、自身の表現と向き合ってきた水彩画家・山根さちえ氏。その時間の中で感じた価値観の変化、忘失。それは創作をさらに広げるための必要不可欠なピースだった。水と絵の具がにじみ合う偶然性に身を委ねながら、コントロールしきれない感覚そのものを受け入れることが、彼女の表現の核となっている偶然と意志のあいだに生まれる作品、そして「言葉にできないもの」を描くということについて話を聞いた。

「やっぱり絵がやりたかった」という感覚

“これまでの経歴について教えてください”

私は美術大学に進学したのですが、もちろん「絵が好き」「美術が好き」という気持ちが出発点でした。ただ将来のことを考えたときに、親から「デザイン科のほうがいいのではないか」と言われて、最終的にデザイン科を志望しました。高校2年生の冬から予備校に通い、デッサンや平面構成を学んだのですが、私にとってこれらは「絵を描いて創造している」という感覚を得られて、とても楽しかったのを覚えています。大学卒業後はデザインの仕事に就きましたが、生活の変化の中で、どこか抑え込んでいた「絵をやりたい」という気持ちに気づき、そこから人生の軸が少しずつ絵の方へシフトしていきました。

「赤い花と白い花」
作:山根さちえ

“水彩は、にじみなど予想外の展開が生まれる表現だと思います。あえて水彩を選ばれている理由はありますか?”

まず、取り組みやすい画材だったというのがあります。油彩だと、乾くのも遅いし匂いもある。水彩は気軽に始められるという点が大きかったですね。子育ての合間に、自分の気持ちを整える時間として絵を描き始めたのがきっかけだったので、そういう意味でも水彩は自分に合っていました。油絵やパステルも興味はあるのですが、水彩を続けて10年以上経って、「やっぱりこれを選んでよかったな」と思っています。

水彩は、コントロールしきれないんです。油絵は置いたところで絵の具が止まってくれますが、水彩はパレットで作った色をのせると、水や紙の状態によってどんどん広がっていく。「自然そのもの」に近い感覚があります。たとえばパンジーの花びらも、色が均一ではなく、濃い部分や薄い部分が自然に生まれますよね。水分や色素など、いろいろな要素が重なって偶然の滲みや模様になっていく。その過程を追体験しているような感覚があって、とても面白いんです。そこに自分の思いを加えることで、ひとつの美しさが生まれる。また、作為的なものを超えたところにも、別の美しさがあるように感じています。

意志と偶然のあいだで

“意志と偶然、その両方が作品を形づくっているのでしょうか”

そうですね。それが面白いところだと思います。「今日は意志を優先しよう」とか「偶然に委ねよう」と考えるというよりは、「今日は花を描こう」「青い絵を描こう」といった大まかなイメージがあります。でも、描いていくうちにその通りにはならないことも多い。

創作って、途中で新しいアイデアが出てきたりしますよね。「このにじみがきれいだから残したい」と思っても、描き進めるうちに消えてしまうこともある。そういう意味で、意識と無意識が重なり合って、絵ができていくのかなと思います。

“技術と感性、どちらが先かという議論もありますが、どのようにお考えですか?”

よく言われることですが、分けられるものではないと思います。両方が裏表のような関係にあるというか。同じモチーフを描いても、人によって全然違うものになりますよね。タッチも違うし、「これは誰の絵か」が分かる。それがその人の感性だと思うんです。料理にも似ていると思っていて。にんじんを美味しくするために面取りをしたり、切り方を工夫したりするように、自分が思うものを具体化するために、技術がある。技術は、感性を形にするためのものだと思います。

「ぼーっとしている時間」の中で

“以前のインタビューでは「小さい頃はぼーっとしていて怒られていた」とお話しされていました”

そうですね(笑)。でも、あれは自分の中では止まっているわけではなくて、ずっと何かを考えている状態なんです。頭の中のパソコンがぐるぐる回っているような感じで、情報を処理している。外から見ると「何もしていない」ように見えるかもしれないけど、自分にとっては大事な時間でした。言葉にしてしまうと、分かりやすいけど断定してしまう。たとえば「この絵はいちごを食べてすっぱい様子」みたいに。言葉の情報量って本当はすごく濃いんですよ。最大の情報量で自分の中で形にできるように処理しやすい。そして分かりやすいから、伝えやすくて、奨励されているように感じます。それに頼りすぎず、自分の中で違和感を調整していくことも大切だと思っています。「言葉にできないもの」は、必ずある。それを自分を通して表現していくことが、創作だけでなく、人との関係の中でも大事なことなのではないかと感じています。

“画家としての活動を続ける中で、心境や目指すものに変化はありましたか?”

以前は、絵を描いて「褒められたい」と思っていたんです。「すごいね」と言われたい、と。でも、それだと描くたびに、相手の反応が気になってしまうので限界が来てしまう。美術界で活躍している方に憧れていた時期もありましたが、だんだん違うと感じるようになりました。そこで、価値観を外に置くのではなく、自分の中に見つける必要があると気づいたんです。草間彌生さんのような孤高の作家もいると思いますが、私はそうではありません。人との関わりの中で広がっていく感覚、人と関わりながら自分の表現が変化していく方が自然だと感じています。

恥ずかしいのですが最初は画家というからには「特別でいたい」という気持ちもありましたが、そんなことはありえないと。続けていく中で、周囲の良さを取り込んだり、自分の中に吸収していくようになっていきました。年齢を重ねたこともあるのかもしれませんが、価値観は少しずつ変わっていくものだと思います。

初期の作品

現在の作品

見る人に委ねるということ

“作品を見る側に求めることはありますか?”

まったくないですね。SNSで作品を発表することもありますが、最初は「いいね」にとらわれていました。でも、それが本質ではないと感じるようになって。見たい人が、自由に見てくれればいい。それでいいと思っています。感じ方は人それぞれですし、私は作品で見せていく。それがいちばん自然な形だと思います。

“今後、どのように広がっていきたいとお考えですか?”

私は “嘘のコミュニケーション” が苦手で、人との関わりを大切にしたいと思っています。その中で、「その人らしさ」を感じながら、絵を通してつながっていく。人への興味があるからテーマも自然と生まれていきます。いろいろな街から街を散歩しているような感覚で、広がっていく感覚です。

SNSで反響の大きかった作品
「花あふれる」
作:山根さちえ

WORKS

山根さちえ

紅のベルベット

八重のチューリップ

薔薇の舞踏曲・赤

グラジオラスのモチーフ

癒しの色彩

Blueness

花の妖精

光を浴びて

薔薇の舞踏曲・赤

森の主

夏の想い出

芍薬

グラスの薔薇

光りと実り

リフレクション

現実世界と仮想世界を行き来しているような山根さちえさんの作品。そこには変化を自然のものとして受け入れるやわらかな山根さんの感性がある。これからも人との関わりを大切にしながら、自身をますます研ぎ澄ましていく山根さんの作品の変化を見つめ続けていきたい。

次号は《日本橋アート掲載作家様特集 - ガウディ・サグラダファミリア特集 - 》です。ぜひお楽しみに。