田中宏明

力強くも繊細に表現される自然の息吹や鼓動。 日本画家田中宏明の創作人生に迫る。


 
 

“ 自分で足を運んで、見て、雰囲気を感じたもの „

 
 
「必ず現地で見たものしか描けない。写真で見て、インターネットで調べて描くといったことは絶対しないです。必ず現地の空気とか、感じたもの、山だったら圧倒される風景ですとか、吸い込まれるような風景、自分が弾き飛ばされるんじゃないかというインパクトなどは肌で感じないと作品にできないと思うんです。
制作するときは必ず現地から感じ取ったものを思い浮かべながら筆を執っています。」
 
絵に込められているのは、絵だけではない。
現地で感じたそびえる山の威力、光輝く穏やかな水面の海風景などはいずれも写真では伝わりきらないことが多い。目の前の風景をスマホで収めようとした経験がある人も多いだろう。しかし写真にすると実物よりスケールダウンしてしまうもどかしさを感じたのではないだろうか。
絵であれば、その美しさを伝えることができる。

 
「見てきたものや写真を使ったりしてそのまま描けばいいんですが、それだと、ただコピーしただけのものですよね。
やっぱり自分が感じたスケール感を限られた画面でどう見せるか。
その中で見えたものを全部描いても絵は小さくなるばかりなので、何を入れて何を省くか。それを選ぶところがなかなか大変です。
どの絵でもそうなんですが、特に山を描くときは、小さい画面であってもある程度山の大きさを表現しないといけない。その小さい絵の中で何を入れて何を省くか、そこを一番考えます。
描いてる中でちょっとパターンが変わることもありますね。
うまくいかずに、あ、ちょっと方向を変えようとか。」
 
 

富士(2019)

 
 

“ 遅ればせながらの院展初入選 „

 
 
美大進学を目指した高校時代。
 
「小さい頃から剣道をやってまして、地元の高校から剣道を通じてのお誘いがあったんですが、絵の道に進みたいからやめておきます、というお断りをして一般入学という形で進学し、高校1年から週に一度、美術研究所に通って、早い段階から美大受験に備えていきました。
小さい美術研究所に通っていたんですが、同じ部屋の中でデザイン科とかも課題をやっていたんです。
その課題の話を聞いているともうちんぷんかんぷんで(笑)自分にはデザインは無理だと。
絵でやろうと思ったら選択肢に残ったのが日本画だったわけです。
とにかく細かい絵を描くことが好きだったので、日本画のきめ細やかな仕事に憧れていたんですね。
ただ、もしかして日本画に決めた一番の理由は「油絵だと家が臭くなるからやめてくれ」という親の一言かもしれません(笑)
 
院展で見た作品をきっかけに変わった日本画に対する思い。
 
「塾の講師の方のほとんどが日本美術院の会員だったこともあって、そのときに初めて院展を観に行ったんです。
院展で見た作品にすごく感動して、やっぱり(日本画の)この道で行こうと固く決めました。
高校生のときはとにかく絵を描きたい、美大に行きたいという程度の考えしかなかったんですが、2年間の浪人時代で日本画への思いが強まり、地元の愛知芸大の先生に習いたいという気持ちを持って勉強しました。」
 
2012年、第68回春の院展で初入選を果たした田中宏明、遅い入選の背後には模写制作に携わった15年。
 
「ものすごい遅い初入選なんです僕は。絵もまじめに描かずに遊んでたんですね。
愛知芸大の大学院を出てから、国宝の模写をやっていたんです、15年間。保存修復という形で。自分の中では模写をやっていることに満足してたんですよね。ゆえに作家活動をおろそかにしていました。
その模写のチームが解散したのをきっかけに作家活動に本気を出しました。
入選狙いでもなんでもなく、初入選のときもまさかあの絵が入るなんて思ってなかったんです。
なので通知が届いても封さえ開けずに放置していました。」
 

院展にて初入賞した「水面-遊」(2012)

 
 
模写制作を続けるための“お付き合い”として院展に作品を応募していたと振り返る。
 
「1300年前の古典の絵を模写するのは、とにかく勉強できて面白かったんですよ。
とにかくそっちを一生懸命やっていて、自分の絵は小さいグループ展をやる程度で…目立った活動はしてませんでした。院展は、大学とのお付き合いで作品を出してましたね。
院展で入選できるようになったのは模写のチームが解散になってからのことです。」
 
 

“ 模写制作で身に着けたこと „

 
 
「模写をやって身に付いたことは、技法より何より“我慢すること”なんですよね。
絵を描いてて、すぐ結果を出そうとするのではなく、結果を出すまでの行程を慌てずにじっくりと創る”我慢”を覚えて。
その「我慢」が院展入選という結果につながったんじゃないかと思います。
絵具を積み重ねていく上で最初は線を描いて、その上に順番に絵具をかさねて仕上げにもっていくんですが、結果を早く出したくなると途中の行程を飛ばしたくなるんですよ。
仕上げに持っていくまでの間の“作業的な”、退屈な仕事をしっかり我慢できるようになりました。」
 
身に付いた“忍耐力”がここ数年の田中宏明の作品に表れている。
 

「海に映る光、水面の光をテーマに作品に取り組んでいるんですけど、光を表現するのにひたすら筆で細かく点々打っていく作業があるんです。これを2か月続けてます。
光の部分は絵具塗るのではなく、一度点々で打つんです。そのうえから霧吹きをかけるという形。
で、それを1回で終わるところを、2回、3回と繰り返してやるっていう。
それを我慢できなかった若い頃と違って今はできるようになったのでじっくり取り組む力がついたのが最近ですね。」
 
 

第75回春の院展(2020)

 
 
波を描かない海の絵で光を表現する。
 
「表現するときにできるだけ余分なものをなくすことを意識しています。
海に映った光の中に、船を一隻浮かべるという絵を描いているんですが、光が表現したければもう波もいらないじゃないか、と。あるのは、船と光と水平線だけ。波は一切描かない。光の幅だけで波を表現するという思い切りでやってます。できるだけ余分なものを消し去るというか。今はそう考えて絵を描いてます。」
 
作品の完成は、イメージと合致した時点をもって「完成」。
 

「完成を決めるときは、“これでいいだろう”という感じですよね(笑)
今、展覧会や院展などで入選できるようになりましたが、入選できなかった頃は、完成がわからなくてゴテゴテのものを創っていたんですよね。さっきも言った通り、消すとかができなかった。描いて描いて描きまくって満足するという形でやっていたんですよね。で、今は雰囲気を大事にするようになったというのでしょうか。
手数よりも、例えば同じサイズの絵を描いても、3日かかるものと1日で終わるものとあるんですが、それもやっぱり雰囲気を出せた、というところで「これでいいだろう」となるんです。描こうと思ったらいつまでも描いていると思います。だから何かあるんでしょうね、「あ、できた気がする」という瞬間が。自分が表現したいものを表現できた、というところですよね。
最初の思考と一致した瞬間に終わりかな。イメージに合ったと思えば自分で何かを加えることはないです。」

 
日本画の魅力のひとつは素材の面白さ。
 

「天然の石から作った岩絵具は値段は張りますが、そういった自然の色を使って描くという、素材の面白さがあるんですよね。絵具の見え方も、油絵とは違ってしっとりと見えるというか。油絵ほどぴかぴか光るような強い印象はないんですよ、日本画の独特な質感というんですかね、あれがたまらなく好きですね。
絵具を積み重ねていったときの感じ、感触の良さ。塗り重ねるのが難しい絵具で扱いづらい分、コントロールしながら一色一色重ねていくのがたまらないです。クセになります。(笑)」
 
感触の良さで創作活動に長時間没頭してしまいそうだが、キレのある仕事ができるよう、自身の絵と向き合う時間はどんなに長くても1日最大8時間に決めているという田中さん。
そうして生まれる作品の数々に田中さんならではの表現が繊細かつ大胆に収められている。

 
「今だから言えるようになりましたが、自分が表したいと思ったこと、作家として表現したいと思ったことができるようになってきたんじゃないかなと。
お客さんにみてもらったときに自分が狙ったことに関して評価をいただける、やはり自分なりの表現が思い切ってできるのがすごく嬉しく思いますね、楽しいし。
描いてるときは苦しいですが、描き終わったときの達成感に近いようなものもありますし、描き終わると次の発想が出てくる。
“今度こういう表現があるんじゃないかな”ってどんどんアイディアが出てくるのが楽しいですね。
ただ、時間がなくてなかなか描けないのが歯がゆいですが(笑)」
 
 
 

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