剣道の誘いを断って一般入学し、高校1年から美術研究所に通い始めました。デザイン科の課題は理解できず、細かい絵を描くことが好きだったので日本画のきめ細やかな仕事に憧れました。ただ、一番の理由は油絵だと家が臭くなるからやめてくれという親の一言だったかもしれません(笑)。高校生の時は塾の講師のほとんどが日本美術院の会員で、初めて院展を観に行って感動し、この道で行こうと固く決めました。2年間の浪人時代で日本画への思いが強まり、愛知芸大の先生に習いたいという気持ちで勉強しました。
Interview注目の作家
愛知芸大の大学院を出てから、国宝の模写を15年間やっていました。保存修復という形で1300年前の古典の絵を模写することがとにかく面白く、自分の中では満足していました。そのため作家活動をおろそかにしていました。院展には大学とのお付き合いで作品を出していた程度です。2012年、第68回春の院展で初入選しましたが、まさか入るなんて思っていなかったので通知が届いても封も開けずに放置していました。模写のチームが解散したのをきっかけに作家活動に本気を出し、入選できるようになりました。
技法より何より我慢することです。絵具を積み重ねていく上で、結果を早く出したくなると途中の行程を飛ばしたくなりますが、仕上げに持っていくまでの間の作業的で退屈な仕事をしっかり我慢できるようになりました。この忍耐力が院展入選という結果につながったと思います。
必ず現地で見たものしか描けません。写真やインターネットで調べて描くことは絶対にしないです。現地の空気、山の圧倒される風景、吸い込まれるような風景、自分が弾き飛ばされるんじゃないかというインパクトなどは肌で感じないと作品にできないと思うんです。制作するときは必ず現地から感じ取ったものを思い浮かべながら筆を執っています。
自分が感じたスケール感を限られた画面でどう見せるかです。見えたものを全部描いても絵は小さくなるばかりなので、何を入れて何を省くかを選ぶところが大変です。特に山を描くときは、小さい画面であってもある程度山の大きさを表現しないといけません。描いている中でうまくいかずに方向を変えることもありますね。
海に映る光、水面の光をテーマに作品に取り組んでいます。光を表現するのにひたすら筆で細かく点々打っていく作業を2か月続けています。光の部分は絵具を塗るのではなく、一度点々で打ち、そのうえから霧吹きをかけるという形です。それを1回で終わるところを2回、3回と繰り返します。若い頃は我慢できなかったですが、今はじっくり取り組む力がつきました。
表現するときにできるだけ余分なものをなくすことを意識しています。海に映った光の中に船を一隻浮かべる絵を描いていますが、光が表現したければ波もいらないじゃないか、と。あるのは船と光と水平線だけです。波は一切描かず、光の幅だけで波を表現するという思い切りでやっています。できるだけ余分なものを消し去ることを今は考えて絵を描いています。
これでいいだろうという感じですね。入選できなかった頃は完成がわからずゴテゴテのものを創っていましたが、今は雰囲気を大事にするようになりました。手数よりも、雰囲気を出せたというところでこれでいいだろうとなります。自分が表現したいものを表現できた、最初の思考と一致した瞬間に終わりです。イメージに合ったと思えば自分で何かを加えることはないです。
天然の石から作った岩絵具は値段は張りますが、自然の色を使って描くという素材の面白さがあります。絵具の見え方も油絵とは違ってしっとりと見えるというか、日本画の独特な質感がたまらなく好きですね。絵具を積み重ねていったときの感じ、感触の良さ。塗り重ねるのが難しい絵具で扱いづらい分、コントロールしながら一色一色重ねていくのがたまらないです。クセになります。キレのある仕事ができるよう、自身の絵と向き合う時間はどんなに長くても1日最大8時間に決めています。
今だから言えるようになりましたが、自分が表したいと思ったこと、作家として表現したいと思ったことができるようになってきたんじゃないかなと思います。お客さんに見てもらったときに自分が狙ったことに関して評価をいただける、自分なりの表現が思い切ってできるのがすごく嬉しく思いますね、楽しいです。描いているときは苦しいですが、描き終わったときの達成感に近いようなものもありますし、描き終わると次の発想が出てくる。今度こういう表現があるんじゃないかなってどんどんアイディアが出てくるのが楽しいですね。ただ、時間がなくてなかなか描けないのが歯がゆいですが。
15年の模写期間で培った忍耐力を武器に、現地で感じた自然の息吹を繊細かつ大胆に表現する田中宏明。余分なものを削ぎ落とし、光の幅だけで海を描くという独自の表現を手に入れた今、次々と生まれるアイディアに時間が足りないと語る。自分らしい表現を追求し続ける彼の今後の作品にますます期待が高まる。