Interview注目の作家

吉川大介
生活の中に息づく自然をこまやかな視点で描く
迷いながら進んだ道、やがては自身の一部に
すぐそばにある身近な風景を、まるで淡い光に包まれたように柔らかに表現する吉川大介さん。 その優しく繊細な絵はどのように生まれたのだろうか。 ― 本格的に絵を学ぼうと思ったきっかけは? 「高校三年になる春、本屋でなんとなく手に取った本がモネの画集で、開いたページにあった積み藁の夕景にすごく感銘を受けて「自分はこれでやっていきたい」と思ったのがきっかけです。両親に「芸術系の大学に進みたい」と相談したのですが、最初は結構反対されました。実は両親ともに芸術系の大学を卒業していて「苦労するのが目に見えているので反対だ」と。でも最終的には協力してもらって本格的にデッサンの勉強を始めました。」 ― なぜ日本画の道に? 「僕の行っていた大学では入学半年後に専攻を決めるのですが、最初は油絵か彫刻に進もうと思ってたんです。迷いもあったところに先輩から日本画もおもしろいよと言われ、ものは試しだと始めました。 それが実際やってみると、もう難しくて。まわりにはうまい人もたくさんいました。 「自分じゃかなわない」と思うほど才能を持った人が世の中にはいることを知り、大学を卒業した後いったん絵を辞めました。全く描かなかった時期が1年あったんです。 でも1年間全く描かないと、今度は描きたくなってきた。「絵を描いていない自分」は何をしているのかもわからなくなって。「自分にできることは何か」と考えた時に、やっぱり絵しかないと思いました。 才能あふれる人々に敵うかどうかよりも、いつの間にか絵は自分の生活サイクルのひとつになっていたことに気づいたんです。「好き」とか「嫌い」とかではなく、自分の一部になっていた。それでもう一度絵を描こうと決めて。そこからはずっと描いてますね。」
思いを込めながら身近な自然を描く
― 日本画のどんなところに面白さ、難しさを感じますか? 「日本画は「引き算の絵画」と教わったこともあるんですけど、そのアプローチや岩絵具になじむことがなかなかできませんでした。周りと見比べるほど「自分は日本画に向いてないな」と思うことも何度もありました。 今でも向いているとは思っていませんが、20年も描いているのに未だに使いこなせない絵具をどう使っていくかが楽しく、ちょっとずつ上手くなっていく感覚があります。試行錯誤するのが楽しいですね。 」 ― 吉川さんは「今そこにある風景」を描いている 「身近な生活の場面に植物が入り込んでいるような光景を題材にしています。 植物を描くのは「こんなところにこんな植物が生えていた」とか、身近に自分がいいなと思えるポイントが多いんです。 建物が壊されて空き地になったところに雑草が生い茂っている、フェンスにツタが絡まっている、とかですね。一時期描こうとはしていましたが、今は大自然だとか森林破壊だとか、壮大な自然はあまり描こうと思わない。身近なレベルの「人と植物がこんな風に生活してるよ」というのを描きたい。公園とか、広場とか、住宅だとか、そういう生活の中の自然が好きですね。 手に届くところにあるもの、長く親しんできたものが感情移入しやすい。 単に「かたち」を描いているのではなく、自分の思いを込めるための手段として具象物を描いているので、感情移入できるかはとても大事です。 風景を描くときも、単に「見たもの」を描くのではなく、自分のイメージと重ねて描いています。 だからなのか、例えば海外で取材した「きれいな景色」を描こうとはなかなかなれないですね。 小さい頃に遊んでいた祖母の家の周辺の田園や山や川、触れてきた自然の営みが僕の出発点になっているんだと思います。」
作風の転機となった「地震」と「子育て」
― 身近な自然を描くようになったのは最近のこと、という 「絵を描き始めたころは建物や、自然現象なども描こうとしていました。作風は段階を経て変わってきてますが、ここ数年がいちばん変わったと思います。 きっかけの一つは大阪で起きた北摂地震。家が震源から近く結構な被害を受けました。過去の作品データを残していたPCも破損して、二度と見れなくなってしまいました。 それで心機一転、もっと自分の気持ちに寄り添えるものを描いていこうと。昔の作品はどうせ見れないし、「これから作っていくしかないな」と覚悟を決めました。 その頃子供が生まれたのもきっかけになりました。 子どもと散歩しているときに見つけたものを、あとで改めてスケッチしたりします。育児していると、より身近なものに目がいくようになりますね。 最近気づいたんですが子供の方が色々なものを見つけるのが上手なんです。子供が見つけてくれたものを描いていくのも楽しいですね。」 ― 吉川大介さんにとってアートとは? 「自分ではあまり「アート」として意識したことはないかもしれません。 僕の場合、アートをやりたいということではなく、自分のしたいこと、できることを積み重ねることで作品になっている。 絵は人に何かを伝える手段ですが、僕の「絵」は、自分が納得したい、少しでもうまくなりたいと積み重ねてきたもので、あまり外を向いていないんですよ。だから「アート」というより自己研鑽ですね。けれど限られた身内に向けたメッセージであることは多いです。強いていうならラブレターを公開したくない気持ちと似ているのかも。発表も限られた場所でしか今までしてなくて… 20年続けられているのは、まだ自分の絵に満足してないから。納得してないからまだ外向きのエネルギーにならないのかもしれませんね。 今後は少しずつ積極的に発表もしていきたいと考えています。」