幼少期は絵を描くことが大好きでしたが、中学に入ってから徐々に描かなくなっていきました。小学校から中学に上がると、優しい世界から急に管理・調教・競争させられる社会へ取り込まれた気がして、次第に自分を取り巻く環境への恐怖を感じるようになりました。
内気で引っ込み思案な私は、ひたすらに自分を押し殺し、周りに合わせて生きる日々を送っていました。感情を抑圧し続けた中学時代の3年間は、今の油絵のテーマである怒りが少しずつ育まれた時期でもありました。高校で海外留学を経験し、帰国後は旅行会社に就職。芸術とは全く無縁の生活を送っていました。
Interview注目の作家
苦悩の連続でした。社会という枠の中で、自分を自由に表現できないもどかしさがありました。本音と建前であふれた大人の世界で、生きるため、生活のためと割り切って生きていくのが苦痛でした。会社という組織に馴染めず、転職を繰り返していました。どこへ行っても居場所がなく、人生に絶望して自暴自棄になっていました。自分を見失って心の病になった時、改めて自分の根本を掘り下げてみました。
自分を掘り下げた時に見えた答えは、かつての夢でした。もう一度絵を描きたい、画家になりたい。その思いをそんなの夢物語だと決めつけて、いつしか人生の選択肢から除外していました。でも、このままやらなければ一生後悔すると思っていました。2018年に、画家としての再出発を決意しました。
作品には2つのテーマがあります。1つ目は生命のエネルギーです。人が持つエネルギーを最大限に発揮できるのは、自然体でいられる時だと考えています。社会では等身大の自分では不十分、あなたにはこれが足りていないと、繰り返し刷り込まれる気がします。だからみんなそのままの自分ではいけない、ありのままの自分では人として不十分と感じて、心を病んでいくのだと思います。
2つ目のテーマは怒りです。社会の中で誰もが経験する悲しみや悔しさ、屈辱や憤怒、後悔など負の感情を油絵に込めています。私はどちらかといえば、考え方が少数派です。感情を表現しても、自分の考えを言おうとしても、大多数派によって自らの意見を捻じ曲げるしかなかった経験が、私の根本にある怒りです。生命が宿す無限のエネルギーと、肉体をもって経験した怒りが合わさり、私の作品はできています。
描く時は自らの感情を乗せて、キャンバスに筆やペインティングナイフを走らせています。最初に思い描いた完成図を目指すのではなく、考えているうちに作品ができている感覚です。使う絵の具をある程度決めていても、出来上がった絵は全く違う色になっていることもあります。
作品は描く人間がその時に抱いた感情や、心の動きを反映します。そう実感したのは、ゴッホの作品展でした。彼の作品が時系列で並ぶ中、あの有名な耳切り事件を境に、ガラリと画風が変化するさまが印象的でした。精神状態が悪くなるにつれて、絵の世界観まで狂気にねじ曲がっていく様子が見て取れました。私自身も大きく影響を受けた、大好きな画家です。
他にも、抽象絵画の父と呼ばれたワシリー・カンディンスキーや、日本を代表する現代美術家の横尾忠則も好きな画家です。彼らの作品は心模様や言葉にできない感情を独自の世界観で表現され、美しくそれでいて刺激的です。
画家になってからは正直、苦悩だらけですね。私の油絵は独学なので、専門知識や技術がある人たちのように、上手く表現できないかもしれません。それでも1年前、初めて絵を買ってもらえた瞬間は本当に嬉しかったです。芸術の世界は厳しいことを承知の上で、画家になると決意しました。絵に対する情熱と意志は今も変わっていないし、私の挑戦は始まったばかりです。
今年はグループ展への出展予定がいくつかあり、個展も計画しています。これからはもっと意欲的に創作活動に励み、多くの方に私の作品を見ていただきたいです。時に心を抑圧するような社会のシステムに心を病み、道を見失う人は少なくありません。そんな人たちが私の作品を見て、あ、こんな画家が居るんだと感じてくれたら良いなと思っています。
自らの感情を作品に込め、独自の世界観を表現し続ける。社会という枠に収まりきらなかった苦悩や怒り、そして生命のエネルギーを、鮮やかな色彩で描き出しています。独学ながらも情熱を持って挑戦を続ける姿勢は、同じように悩みを抱える多くの人々に勇気を与えることでしょう。グループ展や個展など、これからの創作活動がますます広がる山本麻友美氏の今後の活躍に大きな期待が高まる。