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Interview: 鶴巻謙郎

型にはまらない感性と絵との対話。
洋画的アプローチの日本画家、鶴巻謙郎。

 

母方の祖父が人形作家で、母は彫刻家。
身近に工房やアトリエがある環境で育った鶴巻さんは物心がついたときから芸術のある暮らしが当たり前だった。

 
 
「祖父は人形作家、母は彫刻なのでどちらも立体だったんですが、私自身は芸術の道に進む意思が小さい頃からあったわけではないので、平面の絵のほうに進んでいくことになりました。
絵を描くのは好きでしたが、たとえば漫画をマネして描いたり、イラストを描いたりする程度でしたね。
小学生の頃は一時期漫画家を目指していた時期もあります。芸術よりはアニメや娯楽のほうの絵に興味がありましたね。」
 
 

そう振り返る鶴巻さん。芸術を意識し始めたのは高校卒業後の進路を決めるタイミングだった。
友人の薦めや家族の後押しもあり、美大を目指すところから作家としてのキャリアが開けていくこととなる。
そうして、多摩美術大学の日本画に進むこととなる。

 
 
「田舎でずっと育ったので、都会に憧れを抱いて東京で挑戦したいと思ったんですよね。
なぜ日本画を専攻したのかについてはこれといった理由があるわけではないんです。
岩絵具の魅力に惹かれて、というわけでもなくて。当時の私はそういった画材も含めて、どういうものが日本画なのかわからないまま日本画を選んだんですよね。歴史の中に出てくる美術の作家、例えば雪舟の水墨画などが好きだったので、極端ですが、“だったら油絵ではなく日本画かな”という理由でした。」
 
 

多摩美術大学で日本画を専攻した鶴巻さんだが、独自の洋画風の描き方で表現された風景画が持ち味だ。

 
 
「多摩美で日本画をやり始めるんですが、そのときから日本画の型にはまらないようにしていました。
多摩美自体が作家(生徒)それぞれの作風を尊重して自由にやらせる校風だったので、描きたい方向性を模索する時期を経て今の作風になっていきました。当時は今のような風景画ではなく人物なども描いていたのですが、日本画とはかけ離れた作品を作ってましたね。岩絵具は使うんですが、それ以上にコラージュして色んな紙を貼るなど、絵具できっちり描いていくことはせずに画面を作って遊んでいく、言ってみれば洋画風な描き方をしていたんです。
わかりやすく言うと、日本画はまず下絵を描いて、それを画面に写し取って着色していくのが一般的なのですが、私の場合は真っ白な画面に色で形を取って画面を作っていく方法を今もずっと続けています。」
 
 

「Cadarve-舞踏とは命懸けで突っ立った死体-」2000年
薄い和紙やトレーシングペーパーをコラージュして画面を作る

 
 

日本画は基本的に野外で描くことが難しいジャンルだが、鶴巻さんの場合は昔の印象派のように外で風景をスケッチし、それを観ながら描いていくスタイルだ。

 
 
「自分の描き方のポリシーとして、風景を現場でスケッチしたものしか使いません。
写真を撮ってそれを見て描いたことは一度もないですね。
実際に見て感じたものを形にしていきたいので、写真は使いません。
ですので、パリの街を描いた作品でも、実際にパリの街をスケッチしたものになっています。旅先に行くと観光そっちのけで街中でひたすら形を追って、常に手を動かしてスケッチしています。」
 
 

「街の気-PARIS-」2014年
柔らかい光に包まれた街の空気を描く

 
 

昔から白系の色を多く取り入れている鶴巻さんは大事な色として「白」を挙げている。
白の使い方を注意深く見てみると、白の色合いで建物の色と光を融合するなど繊細な表現が施されている。

 
 
「10年くらい前、『光・気・彩』というタイトルの4連作から現在の白を基調とした作風に変わりました。
自分の中にある白のイメージは生まれ育った新潟の雪です。雪が降ると周りの田んぼ一帯が雪景色なんですよね。雪国育ちの私は小さい頃から雪降ろしをするなど、雪と触れる機会が多かったんです。
印象に残っているのは、朝雪が凍ったときに、雪渡りと言って普段歩けないところを渡っていくんですよ。
雪を渡っていくとき、凍っている雪がきらきら光るんですよね。
そのキラキラ光った白の雪景色が自分の中の理想の白のイメージです。」
 
 

「光・気・彩」2009年
光は繊細に溶け込み 物質を透過し 心象の中へ

 
 

「いかに描かないで見せるか」を追求し、引き算の美学で完成される鶴巻さんの作品。
見る人が想像する余白を残した描き方が鶴巻さんの唯一日本画的なアプローチとも言える。

 
 
「見ていて気持ちよくなったり癒しとなったりするような絵を描きたいんです。
そのときどきで見え方が変わっていいと思っています。
きっちり描くというよりは、ぼやっと曖昧にしている部分があって、見る側が想像をめぐらせて楽しんでもらえたら何よりです。見ていくと色んな表情をしてくる絵を意識して、私自身も描きながら絵と対話しているように、見る人も対話できるような絵を目指しています。
そうするためには、描くことに慣れてパターン化しないようにしています。パターン化してしまうと面白味がなくなって絵の質が落ちてしまいます。」
 
 

自分で感動できなくなったら絵の方向性を変え、気分に応じて筆を動かしていることも多いという。できるだけ時間を取ることも重要だと語る。

 
 
「絵に追われないようにしています。絵具が乾くとまた表情が変わるので、予測しながら進めて、出てきたものを見ながら対話していくのが楽しいです。手を出さなくても画面を見ながら考える時間もあります。それも含めて制作になっていると思います。落ち着かない気持ちのときは落ち着かない色を使ってしまうことも。画面に気分が表れてしまいますが、そのときの気分や気持ちで出来上がるものとして、毎日の積み重ねで変わるものでもありますね。」
 
 

「YOKOHAMA」2019年
その場にはその場にしか感じ得ない空気がある
その感じた空気を線や色、形で捉えていく

 
 
 
鶴巻謙郎さんにとって “アート” とは?


 
「     自分自身      」
 
僕の絵は僕自身
僕の心の中そのままさ
だから鏡を見ているようだ
心を写す鏡かな
こいつと対話をしながら描いている
 
 

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