2019年ごろから展示会にも積極的に出展し、2023年にはTVドラマにも作品が使用されるなど、クレパス作家として色々な場面で活躍しているまつざきゆかさんだが、作家として絵を描き始めたのはふとしたことがきっかけだったという。
「大学で美術について学んだのですが、卒業後は画家になる訳ではなく、デザイナーとして一般企業に就職しました。幾度か転職を重ねて、今では絵を描くこととは関係のない職業についています。大学卒業後は絵を描くといっても手慰み程度で、まさか作家になるとは思っていなかったのですが、ある時会社の同僚から『絵を描くのが得意なのであれば、自分が飼っている猫を描いてほしい』と依頼をもらったんです。描いてみたら楽しくてハマっていき、作品を描いてはSNSにアップしているうちに展示会への出展などの声かけももらえるようになって、気づいたら本格的に作家としても活動していました。」
社会人と作家の二足のわらじ…だけではなく、二児の母として三足目のわらじも履く彼女。忙しい合間をぬってでも、創作活動への情熱は衰えない。
「仕事が在宅なので、仕事の切れ目を見つけては作品を描いています。それ以外の時間は基本的に子どもと一緒にいるので絵に集中するのは難しく、仕事と育児の合間をぬって制作しているという感じですね。大体ひとつの作品に1週間〜1ヶ月前後くらいかけて制作することが多いです。」
そのあくなき情熱はどこから湧いてくるのか。
「展覧会などに出展するときは『締め切りに間に合わせないと』という気持ちで取り組むことも多いですが、そうでない時も描いてみたいものが頭の中に次々と浮かんできて、描きたくて描きたくてたまらないという気持ちに突き動かされている気がします。」
作品には動物や植物などが描かれることが多いように見えるが、日常生活の中で印象に残ったものや「描きたい」と直感したものをモチーフに選ぶことが多いという。
「元々植物が大好きなんです。よくお花屋さんに行って、目に留まった花があれば買って、家でじっくりと観察しながら写真を撮り、『これだ』と感じた構図の写真が撮れたら描き始めるというパターンが多いと思います。動物も写真を元に描くことがほとんどですね。例えば、最近猫の絵を描いたのですが、実はモデルにしたのはもう10年ほど前に出会った猫で。その時に撮った写真がすごく印象に残っていて『いつか描きたい』と温めていたんです。」
動物であっても植物であっても、どこか静物画のように静謐で、計算されたように画面の中で佇んでいる印象を受けるのは、写真を元に描いているという手法ならではなのかもしれない。
また、彼女の作品にオリジナリティを加えているのは、なんといってもその画法にある。クレパスという、誰もが一度はその手に握ったことのある身近な画材を選んだきっかけについても聞いてみた。
「絵の依頼を受けた時に、何で描くかについて悩んだんです。水彩は苦手意識があるし、かといって油彩は道具を揃えたり乾かしたりと手間も場所もかかります。そこでふと、高校の時の美術の授業を思い出しました。好きなアーティストのCDジャケットをデザインするという授業だったのですが、アーティストの柔らかい雰囲気を表現するために選んだのがクレパスだったんです。描いてみるとその描き心地が気持ちよくて、デザインそっちのけで夢中になったことを覚えています(笑)そのことを思い出して、引き出しの奥にしまってあったクレパスを引っ張り出して描き始めたのがきっかけです。」
作品を描く上でのこだわりを聞いてみると、そこにもクレパスならではの表現の秘密が隠されていた。
「描く上での一番のこだわりは『色』ですね。写真を見て描いてはいるのですが、写真通りの色にしたくはなくて(笑)おそらく自分の好みだと思うのですが、納得いく色味を探して塗り重ねていくうちに、気づくと毒気(どくけ)というか、ケバケバしい色合いに仕上がっていることが多いですね。」
確かに彼女の作品は、見るものをドキリとさせる独特で鮮烈な存在感を放っている。
「クレパスって色を重ねやすい画材ではあるのですが、100%思い通りの色が出せるかというとそういうわけでもなくて。ああでもないこうでもないと試行錯誤したり、意外にいいじゃんと思える新しい色との出会いがあったり、しっくりくる色を見つけられるまで向き合い続けて作品を作っています。なので再現性のある色って少なくて、一期一会のような感覚ですね。」
色に一際こだわりを持つ彼女だが、「最も自分らしい作品」として挙げられた作品は、まさに彼女の色遣いのセンスが凝縮された作品だと言えるだろう。
「『洋梨4つ』という作品で、タイトルそのまま洋梨を描いた作品です。コストコで大ぶりの洋梨を見つけた瞬間に『私たちを描いて!』って言われているような気がして、頭の中に作品のイメージが浮かび、その勢いのまま作品制作に取り組みました。派手な作品にしたいと思い、背景にはビビットなピンクを選んだのですが、一色ではもったいないと感じて、日本の伝統的な文様もあしらうことにしました。文様の色は、ピンクに合うかなと焦茶をチョイスし、ところどころに金をアクセントで付け足しました。」
黄緑とピンクと焦茶と金という、聞いただけでは想像もつかない組み合わせだ。しかし出来上がった作品を見ると、「これしかない」と思わざるを得ないほど、それぞれの色が響き合いながら奏でる美しさに感服する。ぜひこの目で見てみたいと熱望させるほどの求心力を持った彼女の作品に、今後も目が離せない。