アート表現を行う作家の目的や意図はそれぞれである。
世の中にある問題を顕在化することを目的にしている作家もいれば、己の中にある美意識を解放させることを目的としている作家もいる。
あるいは、これといった目的を持たない中で描き続ける作家もいる。
アート作品の発表にはコンセプトを求められることが多いが、コンセプトを持たずに自己表現のツールとして創作活動を行う作家が多いのもまた事実である。
向さんは圧倒的な後者だ。
何故描くのか ― 答えは、描きたいからである。
それ以上でも、それ以下でもない。
意図しないまま描かれ、向さんの感覚が真空パックされたかのような見事な作品の数々。
「今」という瞬間を逃すと、全く違う作品に仕上がるのだろうと想像する。
「とにかく今だけに集中できる楽しさがあります」と語る向さん。
この「今」というキーワードこそが向さんの作家活動の要になっているのだろう。
なぜペン画なのか、その所以も「今」というキーワードに内包される。
「ペンの良さは気軽にできるところなんです。例えば、水彩画を描くとなれば、水、筆、絵具を出して色を混ぜて、色がなくなったら色を作らないといけない。私にとっては集中力が途切れやすいというか、準備までの間に熱が冷めちゃいそうで。一方でペンなら描きたい気持ちをそのまますぐに実行に移せます。」
今と思ったら今なのだ。そういう視点で作品を眺めると絵そのものがメッセージなのだと気付く。
2004年からペン画を始めた向さんだが、これまで内に向いていたものが外へと向かい始めている。
「日本橋Art.jpさんでの掲載を始め、人に観てもらえる機会ができたのが大きいですね。やっぱりコンセプトや思い、今後どうなりたいかを考えることが必要だと感じ始めてはいます。作品タイトルも全然付けていなかったのですが、作品を発表するに当たってタイトルの必要性が出てきて、適当に付けています。花を描いているから『花1』とか・・・。」
同じようにペンを握って描く諸先輩からの刺激もあり、今、新境地へと歩み出している。
「マツダケンさんという、ペンを使ってかっこいい絵を描く方がいまして。動物に植物が生えていたりとか繊細な絵が好きです。他にも、ボールペンを使っている方では、磯野キャビアさんの絵が好きです。写真みたいにリアルなんです。これを観たら自分のやっていることがちっぽけに見えました。私も、『すごいな素敵だな』と思ってもらえる絵を描きたいと思い始めました。あ!素敵!って自分でも思えて、人にも思ってもらえる。そんな絵が描けたらいいなと思っています。ちょっとした変化の時期です。」
実際に、これまで想像や妄想で描いていた絵を、対象物を見ながら描くなど、新たな挑戦はすでに始まっている。