Interview注目の作家

ペン・鉛筆・色鉛筆画
稲崎直美
脊髄小脳変性症という進行性の病気を患い、車椅子生活18年を迎えた稲崎直美。日々の生活では工夫を重ね、病気を通じて見えてきた優しさや温かさに気づかされてきた。4年前の夏、異様な眠気が続いた後、秋分の日を過ぎると突然「絵を描く」というアイデアが浮かんだ。力が安定しないため、ペンで点描のように描く手法を編み出し、試してみると楽しさに夢中になった。美術館巡りが好きで絵は観る側だったが、思いがけず制作者となった今、自分なりの表現を楽しんでいる。好きなことを楽しむのに、環境や状況、年齢による制限はないという想いを紐解いていく。
簡単に自己紹介をお願いいたします。

脊髄小脳変性症という、小脳が委縮する進行性の病気を患っています。車椅子ユーザーになって18年が経ちましたので、すっかり今の生活にも落ち着き、精神的にも受け容れることが出来ていると思います。進行がゆっくりであることも、本当にありがたいことです。日々の生活の中で、できないことをどう工夫するか、何か代わりになる方法はないかと、あれこれ考えることが大好きです。確かに厄介な病気ではありますが、患わなければ見えなかったことや感じられなかったこと、気づけなかった優しさや温かさが、数えきれないほどあります。そう思うと、マイナス面ばかりではないのかもしれません。起きる出来事には無駄が無いとよく聞きますが、本当にその通りなのかもしれないと、日々実感しています。

今は絵を描いたり、愛犬の写真を電子書籍にまとめて眺めたり、自分なりの表現を楽しんでいます。好きなことを楽しむということに、環境や状況、年齢による制限など無いのだということを、少しでも多くの方に伝えられたら嬉しいです。

印象に残っている展覧会や出来事はありますか?

パステルシャインアートのインストラクターである知人が主催する、シンガポールでの展覧会に、「コラボ作品で参加しませんか」とお声がけをいただいたことがあります。自分の作品が海を渡るのかと思うと、何とも不思議な感じで、同時にとても嬉しい気持ちでいっぱいになりました。残念ながら現地に行くことは叶いませんでしたが、会場の様子を写した写真や動画をたくさん見せていただきました。異国の地で、自分の作品が飾られている光景を目にしたときには、胸が熱くなりました。いつか機会に恵まれたら、ぜひこの街を訪れてみたいと思っています。お声がけくださった知人には、今でも心から感謝しています。

画家活動を始めたきっかけは何ですか?

美術館巡りが好きで、絵は観る側でした。イラストと言うのもおこがましいものを 中学校の卒業アルバムに掲載する程度でした。それに今は字もまともに書けません。そんな訳で、身体の状態を考えると絵を描くことは、憧れでも諦めでもなく、そもそも頭にも上りませんでした。想像すらしたことがなかったのです。

そんな中、4年前の夏のことです。毎日毎日、異様な眠気が続きました。もう気絶しそうなほどの眠さです(笑)。暑さのせいで疲れが溜まっているのだろうと思っていましたが、今振り返ると、何かを受け取る準備期間だったのだと固く信じています。それが秋分の日を過ぎると、嘘のようにピタリと眠気が消え、「もしかしたら自分にも出来るかもしれない」という、絵を描くアイデアが突然浮かんできました。力が安定しないので、サインペンで点描のように描いていく方法です。早く試してみたくて、一番安いペンをネットショップですぐに購入しました。この時点では、本当に出来るのかどうか、まだ半信半疑でしたので、まずは一番安価なもので試してみようと。

描いてみると、あまりの楽しさと嬉しさで、やめられなくなり、そのまま今に至ります。思ってもみなかった出来事が、制作を始めるきっかけになっています。それからは描きたいと思う時に、自分のペースで楽しみながら描いています。人生、何が起こるか分からないというのは、本当なのですね。

作品にはどのような想いを込めていますか?

描いている自分自身が楽しくて癒されているので、その想いをそのままお届けできたらと思っています。思いがけず授かったような制作の時間ですから、自分だけの癒しで留めることなく、一人でも多くの方たちの目に触れてもらえたら嬉しいです。願わくば、作品を通じて誰かが次の一歩を踏み出す勇気を持ってくれたら、なんて理想かもしれませんが、そんな想いを込めさせていただいています。カラフルなものがほとんどですが、自分自身も含めて殺風景になりがちな日常を、明るく軽やかに彩ることが出来るようにと願っています。アウトプットできる術を見つけられたこと、それ自体が私にとって大きな幸せです。

「new world」 作:稲崎直美
今までの作品で最も「自分らしい!」と思う作品があれば教えてください。

今までの作品すべてにおいて、「描いてみたい!」「試してみたい!」と心の底から湧き上がってきた時にだけ描いていますので、特にこれが自分らしい、というものはありません。描く気持ちが湧かない時には、自分自身を無理に動かさず放置しておき、好きな本を読んだり、動画を楽しんだりして、気楽に過ごしています。無理をしないことも、続けていくためには大切だと思っています。ただ、自分でも気づいたのですが、割と細かいものに色を付けていくのが好きなようです。そういう作業をしている時には、いつになく集中している自分がいて、時間を忘れて没頭しています。

今後の作品制作に向けての想いをお聞かせいただけますか?

身体の状態や周囲の環境を言い訳にすることなく、その都度できる範囲で対処しながら、制作を続けていきたいと思っています。まずは自分自身が納得できるものでなければ、他の方たちにもご納得いただけないのではないでしょうか。だからといって、変に力んだり背伸びをしたりすることはしたくありません。自然体で、自分の心に正直に、楽しみながら描いていきたいです。ご自分の好きを、ぜひ自由に手足を伸ばすように愛でていただきたい。その想いを込めて、これからも制作を続けていきたいと思っています。もちろん、それは自分自身に対しても、叱咤激励する意味でもあります。今の私の支えにもなっている描くこと。本当に大切な時間です。身体の状態がこれからどうなろうとも、何らかの形で続けられることを、心から希望しています。

思いがけず授かった表現の時間を、自分らしく楽しみながら大切に紡いできた。その作品には、困難を乗り越えた先にある希望と優しさが込められている。これからも自然体で、心に正直に制作を続ける姿勢に、多くの人が勇気をもらうことだろう。今後の活躍に期待したい。

インタビュー: 2025/11/18