兵頭慎

心が震えた理由を探して画面に向かう、答えがない芸術の世界の面白さ。


 

進学校に通い、学年トップクラスの成績を収めていた兵頭慎。
当時、文学や建築方面の分野を志し、美術とは無縁の世界にいた兵頭さんが、
絵を描きだしたきっかけは何だったのだろうか。

 
 
「絵に出会う前の私は、いかに勉強ができるかなど成績に価値判断を置いていました。志望校に通るために無理をしながら勉強していたら、高校1年生のときに病気して、1年間休学したんです。同じ病室で同じ病気で亡くなっていく人を見て、自分もこのまま死ぬんじゃないかという恐怖心が沸いてきたんです。
思春期に生死の場面に直面したわけですね。自分が生きてきた足跡や証を残せるものは何だろうと考えるようになりました。」
 
 
インタビューが始まってすぐ、兵頭さんが1枚の絵を見せてくれた。それは高校のときに描いたポプラと少年の絵。美術を始めて間もない頃に描いた作品だ。
思春期の1年を病院で過ごし、人生や生きる意味を見つめた兵頭さんは復学後、美術部に入部し、美術部の活動が生き甲斐になっていたという。

 
 

ポプラ


 
 
京都市立芸術大学では日本画を専攻し、独自の路線として日本画らしからぬ「人間表現」を模索し、異色な日本画として創画会春季展賞などの賞を受賞している。そのころテーマにしていたのは、“ときの流れの中で自分を見失っていく人間”という人間の暗い面を見つめるというものだった。試作し、造形化していく作業を繰り返していたそうだが、教員になると次第に暗い絵が描けなくなってしまう。
 
 
「作家活動だけではなかなか生きていけないということもあって、教員になったんです。最初は小学校の図工科の専任教員を勤めました。そうするとですね、教室に入ってくる子供たちがとてもキラキラしていて。生命力に満ち溢れているんですね。そうすると、自分が目指していた暗い絵、人間の暗部を見つめる絵が描けなくなってしまったんです。夜、帰宅した後に画面に向かっても、日中の生命力とぶつかって描けないという日々が続きました。公募展などへの出品はここで途絶えてしまうことになりました。」
 
 
飛ばされた夢


 
 
自分の絵が描けなくなってしまうという葛藤があるものの、子供たちの絵の才能を引き出し育てていくことにやりがいを感じ、兵頭さんの”創作活動”の一環となった。
また現在知られる「絵を描く旅人」としての兵頭さんの原型が作られたのも教員生活があってのことだ。

 
 
「小学校の図工科の教員を16年間続けた後、高校の美術コースが立ち上がるというのでそちらに移ることになったんです。美術専門のコースなので、生徒を美術の本場に連れていきたいと思いまして、イタリアへの美術研修旅行を企画しました。自分で現地調査をして、2週間の行程でイタリアを縦断する、というもの。これが僕のイタリアを始めとしたヨーロッパとの出会いでした。」
 
 
この美術研修旅行はその後10年ほど恒例行事として続き、生徒がイタリアの町並みや風景などをスケッチする傍らで、兵頭さん自身もスケッチをした。それまで途絶えていた制作活動がスケッチという形で再開することとなったのが美術研修旅行だ。「公募やコンコールは関係なく、見たものをそのまま描いていました」という兵頭さんは本場の地で基本に立ち返った。「本物を見せる」旅はその後小学校の校長を勤めた際も続いた。
 
 
「生徒を連れてコロッセオに行ったり、中世の街に連泊をして、盆踊りをしたりなど、地元の人と交流する。教員生活が中心だったので、ずっとこういう、『教えるのではなく、本物と出逢うことで感動を育む』教育活動をしていましたね。この小学校の校長を最後に退職して、ようやく時間ができ、スケッチや少し大きな作品をフリーで2年間、個展を目指して楽しみながら制作活動をやってきました。」
 
 
現在は京都精華大学の特任教授として美術教育に貢献しながら制作活動をしている兵頭さん。水彩による風景画を描いている。
日本画は絵具が言うことを聞いてくれない。膠の加減によって岩絵具が動いたり、濡れているときと乾いたときの色が極端に違うなど、扱いにはかなりの年月と修練が必要だ。今はまだ教授としての務めもあり時間が限られているため、比較的手軽な素材の水彩絵具を使用している。しかし水彩画について「実際はやりだすと深くてそんな簡単なものじゃなかった」と苦笑いする。

 
 
「日本画特有の時間をかけて重ねることに慣れているので、透明水彩絵具の特徴でもある瞬間で水の中で微妙に滲むといった即写的なスキルがないんです。透明水彩絵具に日本画の描法を取り入れています。
日本画は滲み止めをしますが、透明水彩絵具は流動的に画面上で色が混じり合って、それが思いがけない効果になるんだと最近わかってきました。面白いなと。日本画の積み重ねの描法と、瞬間的なアクションペインティングのような作業でできる水彩画独特の世界観をミックスできないかなと試行錯誤が始まっている段階です。」
 
 
港の午後―オンフルール


 
 
時には「色鉛筆を使っているんですか?」と聞かれるほど透明水彩絵具で緻密に描いている。
「そんなネチネチと描くなんて水彩画じゃない」との声もありそうだが、さらっと描くよりもディテールにこだわって描きたいという兵頭さん。

 
 
「なにか、そこにかけた時間やエネルギーが例えば年月が経たときに残り得る熱量、人を引き付ける磁力になるんじゃないかと思っています。レオナルドの絵が500年経った今でも人を魅了しているのは、たぶん20年以上しつこく描いてきた磁力があると思うんですよね。僕が描いている街の絵などでも、その街が成り立つまでの500年もの歴史が、滲んだ感じで出る偶然性で簡単に表現できるようには思えないんです。だからディテールにこだわってひとつひとつ村を作っていくような感じで描いています。これがどうなのか、という答えは出ませんが今はそんな思いでやっています。」
 
 
「答えがない」というフレーズが兵頭さんとのインタビュー中に何度か登場した。現在は特任教授として、またこれまで人生のほとんどを美術教育に費やしてきた兵頭さんに指導する際の信条について聞いた。
 
 
「答えがないと思うんですよ。アートには顕著に答えがない。それぞれの答えを探すことが大事。勉強過程で模写やデッサンは誰もが通りますが、全員がそれぞれ目指す方向が違うので一人一人に違う言葉をかけています。学生たちの日頃の言動をかなり観察しています。人間性、様々なバックボーン、今の状況など、抱えているものや持ち味も学生それぞれ違いますから、それに沿ってかける言葉を考えています。僕の学生時代にも『ああしなさい、こうしなさい』という教授はいましたけど、僕はそれをしたくない。それぞれの答えを探す過程で行き詰まってしまったときに打ち破るきっかけになるような言葉をうまいタイミングで投げ込むと僕の予想をはるかに超える発酵が起こったりして、学生すごいなと思います。生徒、学生、子供から学んでいますね、教育というのは。非常に面白い。うまいタイミングで投げ込むと言っても難しくて数多くの失敗もしてきています。一人一人の人間性を肯定的に捉えて慎重に言葉を選んで接していくことを大事にしています。」
 
 
これまで指導に関わった中で芸術の道に進んだ生徒、進まなかった生徒、まちまちだが「誰もが美術をやってよかったっていうんですよ。美術は世の中のメジャーな部分ではないし、世の中の価値観とは異なる価値観を大事にしている子たちです。今の答えのない時代に必要になってきています。みんなたくましく生きています」と語る。
 
 
秋のコンチェルト(ファブリアーノ2020出品作)


 
 
赤い夜―マテーラ


 
 
水辺


 
 
兵頭さんは「絵を描く旅人」として、旅で出会って心が震えた風景を画面に収めている。
『夜のマテーラ』では、マテーラの洞窟住居に灯る光を描き、「長い闇を人間がどのように克服してきたのか」と感じたことから、廃墟のような町に光を描いた。また水辺に映る実像の虚像や、絵本の中のようなかわいいものにも惹かれるという。そのため、水辺や花が登場する作品も多い。

 
 
「旅というのは、非日常との出会いですよね。素直にものごとを直面する。例えばフランスのゴルドの町は光がす~っと射してきて、光によって刻々と町の表情が出てきます。それを見ながら旧約聖書の最初の『光あれ』という言葉を思い出して、人間にとって朝日などの『光』がどういうものなのか、と心が動いたわけです。だけどそのときは実は何かわからない。何に動かされたのかわからないけど、絵を描いて画面にすることで視覚化することでわかってくるんですね。わからないから、知りたいから描いている。『多分、こういう表情、光、圧倒的な造形の小さな組み合わせに心を動かされたのかな』と確認作業として描いています。見る人に同じように伝わって心が震えたなら嬉しいです。」
 
 
光あれ―ゴルド


 
 
人間の感情を司る脳の部位「大脳辺縁系」は言葉を扱えない。だから人は感動した気持ちを言葉にすることができないと言われている。芸術家はその感動を言葉ではなく、画面を通して伝える。兵頭さんとのお話を通じて合致がいった。では作品を見る私たちはどのような心構えで絵を見るべきか、兵頭さんの考え方を聞いた。
 
 
「先ほども言ったように、僕たちは心が動いたから絵にしようと思っています。現代において、理知的や論理的な視点に重きが置かれて、本能的、直観的な視点は原始的なものとして追いやられていますが、実はそっちのほうが大事だと僕は思っています。人間が生きていく上で危険を察知するセンサーと、何かに心が震えることは同義だと思うんですね。何かに恐怖を感じたり、何か美しいものを見たときに心が動くことをいわゆる『感性』という言葉で置き換えられたりしますが、これを軽く言う人が多い。歴史が動いた過去の出来事のほとんどは感性がベースになっている。理知的に積み上げて出した答えが間違っている場合も数多くあると思うんです。美術の場合だと、人間がよりよく生きるためのセンサーが感じたものの実態がわかりにくいんです。だから苦闘しながら描く。同様に、絵を見るときも自分のセンサーが震えることが大事だと思います。意味で見つけようとしたら絵が別物になってくると思うんですね。次の段階に、意味がきます。何かに惹かれるという興味でディテールを見に行ったり、作家の追体験をしていく作業ですね。最初の入口は『きれい、かわいい』や、鋭い絵を見たときにひるむような『衝撃』など、センサーが感じるもの、それが芸術だと感じます。」
 
 
兵頭慎にとって“アート”とは


 
「  ゴールなき探究の旅   」
 
 

戻る