Interview注目の作家

唯一無二の色彩で見る者の記憶とつながる心象風景
ブランクを越えて再びキャンバスへ
「高校3年生の春に美術大学の受験を決意しました。美術に関連する経験はそれまでありませんでしたが、進路を考えた際に、中学2年生の美術の授業が楽しかったことを思い出したのです。当時の美術教諭で担任の先生からアドバイスを受け、受験対策として予備校に通うことに。10カ月間デッサンや平面構成を学んだ結果、武蔵野美術短期大学に合格、グラフィックデザインを専攻しました。往復5時間の通学も苦痛には感じず楽しい大学生活を送っていましたが、周りには才能に秀でた学生が多かった。次第に“これを将来、仕事にするのは難しいかもしれない”と疑問を抱くように。卒業後はアートの世界とは全く関係ない大手電機メーカーに入社し、設計アシスタントとして勤務。その後も、医療事務や住宅関係などの仕事に従事していました」 美大卒業後、アートの世界から距離を置く形となったHIROさん。しかし、2017年に、再びアートの世界へ戻るきっかけとなった出来事がありました。 「友人の紹介である画家と出会い、『絵を描いて』と勧められたんです。当初は長年絵を描いていなかったため真に受けていませんでしたが、友人から未使用のパステル画材を譲り受けて久しぶりに絵を描くことに。大学時代にパステルの経験はなかったですが、知人の紹介でパステル教室に通うことにもなり、“やっぱりアートは楽しい!”と再認識しました。これを仕事にすると決意し、パステル画のインストラクター資格を取得。多いときは10カ所の老人ホームやコミュニティセンターなどで、パステル画の講座を開講しました。 並行して、インストラクターとして教えるだけでなく、自らも作品を制作したいと考えて、2018年『日本・フランス現代美術世界展』の公募にも挑戦し、22号の大作で入選。これがきっかけとなり本格的な作家活動を開始しました」
色彩の重なりが生む安らぎの心象風景
「本格的な画家活動を始めてすぐ、2~3年先まで予約が埋まる人気の講堂、京都『法然院』で偶然キャンセルが出て、2019年6月に初めての個展を開くことに。海や空をテーマに多くの作品を制作したのですが、来場者から“故郷の海を思い出した”“これは日本海の色ですね”など、多様な感想をもらったんです。私の心の風景は、見る人によって異なる解釈を生む心象風景でもあるんだなと気づきました。そこから心象風景画をメインに描いています」 自分自身が見た風景からインスピレーションを得て、独自のアレンジを加え作品を創り出しているHIROさん。柔らかなグラデーションで自然の様々な表情を浮かび上がらせます。制作における一番のこだわりは「色」だといいます。 「デザイン科出身なので、色へのこだわりは強いですね。空や海の青でも、単純な青ではなく、“これとこれを混ぜたらどうなるだろう”と試行錯誤を重ね、何十色もの組み合わせから理想の色を作り出します。パステルでは混色による独自の色の表現は難しいので、2019年末頃には油絵にも取り組み始めました。現在、運営する絵画教室ではパステル画と油絵の両方を教えています。作品の色合いを気に入り、購入したり、教室に通ったりしてくださる方が多いので、私が使用するのと同じ画材を使ってもらうこともあります」 作品を通じて、人とアートの素敵なつながりも生みだします。 「ありがたいことに繰り返し依頼を受けることが多いです。治療院に飾る絵画を頼まれて、それを見た患者さんから自宅用の作品を依頼いただいたことも。過去に購入した方が娘へのプレゼントとして再び依頼してくださることもあり、作品を通じたつながりが広がっていると感じます。依頼主の幸せを願いながら、常に真摯に作品制作に向き合っています」
次世代に夢を追い続ける生き方を示していく
「最もお気に入りの作品は『黄昏時』です。2023年、上野の森美術館の展示で発表した複数の作品のうちの一つで、偶然出会ったピンクの夕焼けを描いたものです。この瞬間出せた唯一無二の色が気に入っています。展示では多くの来場者が訪れましたが、ある男性がこの作品の前でじっと立ち止まり、『この会場の展示の中でこの作品が一番好きです』と伝えてくれたことは深く心に残っています」 HIROさんは、画家活動の中で多くの喜びを感じてきました。「それがあるからこそ、今も続けられているのかもしれない」と微笑みます。 「特に印象深いのは、2019年の初個展。観光地での開催だったため、ふらっと立ち寄る来場者が多かった中、ある夫婦から『この絵とこの絵を合わせたような作品が欲しい』と、オーダーを受けることに。初対面の方への制作は、完成後に思っていたのと違うと感じられる可能性もあり、慎重にならざるを得ません。しかし、その夫婦は『これだけの作品をみて君の世界観はわかったから、任せるよ』と言葉をかけてくれたんです。その信頼が嬉しく、思わず涙がこぼれました。絵は好みによる部分も大きいですが、自分の作品に何かを感じてくれる人と出会えることが、画家活動の醍醐味だと実感しました」 今後は自身の経験を若い世代に還元していきたいと考えています。 「活動を続ける中で、若い世代から『自分も画家を目指していて、HIROさんのようになりたい』と声を掛けられることがあります。私自身、美大受験の際に親戚中から反対され、画家は食べていけないという風潮を痛感しました。でも、本気でアートに取り組みたいと願う方には、金銭的な理由で夢を諦めてほしくない。画材の開発や広い世界に目を向けた発信を通じて、夢を追い続ける生き方を示し、若い世代に希望を届けられたらと思っています」