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Interview: ENAMI

支えだった絵から、多くの人の癒しとなる絵へ

 
 

“ “逃げ場”だった神社で描いていた絵が原点 „

 
 
「画業として本格的な活動を開始したのは、2018年。独学で学んだ絵をSNSにアップし始めました。そこからさまざまなご縁あり、京都清水寺や、横浜赤レンガ、チェコ・プラハ、フランス・パリで行われた展覧会に出展したほか、日本の画集制作に参画しました。横浜赤レンガの展覧会では、私の絵の前で15分以上佇んでくださるお客様がいて、『私はこの景色が見たかった』と胸いっぱいになったことを、今でも鮮明に覚えているほどうれしかったです。
私が絵を描く際にテーマにしているのは、『私たちの中に美は息づいている』ということ。なにげない日常のなかにある、ふとした瞬間に感じる幸福を描写しています。」
 
独特な波線や文様を使いながら、鮮やかで美しい抽象画を描くENAMI (いなみ)さん。繊細で神秘的な印象を与えながら、侘び寂びの思想も表現しているといいます。画業を本格的にはじめて数年経たずで、国内外の展覧会へ出展したり、画集を制作したりと活動を展開してきました。その独自の表現方法のルーツは、幼少期まで遡ります。絵を描き始めたきっかけは、当時の家庭環境にありました。絵を描くことは、心の安らぎだったと振り返ります。
 
「絵を描くようになったのは、幼少期の頃。当時の家庭環境が壮絶だったこともあり、心のよりどころとして、私は近所の神社をよく訪れていました。その神社は、本殿裏手の木組みの階段を下ると川や周辺に大きな根を張った大木があって、緑に溢れた場所。そこで身をかがめて、葉っぱから絞りだした汁や木の枝を使って絵を描いていたんです。それが、現在の絵にもつながる独自の波紋線や文様。当時の私にとって、辛い現実も忘れられるほど没頭できたのは、そうやって神社で絵を描くことでした。今思えば、逃げ場だったのかもしれません。」
 
 

『”恋に焦がれて鳴く蝉よりも、鳴かぬ蛍が身をこがす”』


 
 

 
 

“ 画材が呼び起こした絵への想い „

 
 
「小学生の頃に、はじめてテレビで藤城清治さんの影絵アートを目にしました。白黒の影絵の中に、鮮やかな色彩が加わった絵をみて、『こんな世界を創る大人がいたの?』と感動したことを覚えています。もっと絵を描きたいと思うようになり、中学生からは美術部に所属しました。あるとき指導にしたがって文化祭展覧のために私が描いた絵を、開催当日、たまたま見た音楽の先生が『なんだこのつまらない絵は…』と大勢の前でポロっと一言。今なら、そう思う人もいると意見を認めますが、当時、さらに悪化していた家庭問題が拍車をかけ自分の存在や自分の絵を全否定されたように感じました。それ以来、絵を描く環境から20年以上離れることに。絵を描いていた記憶は次第に薄れ、なぜか消えていた期間でした。」
 
心ない一言がきっかけで、絵を完全に封印してしまったENAMIさん。それからは、絵画を鑑賞する機会があっても、「きれいね…」と思うだけ。「波風を立てずに、自分の意見や考えは捨てたほうがよい」とさえ思っていました。しかし、偶然触れた画材がきっかけで、絵への想いを取り戻します。
 
「2018年、同僚と一緒に、曼荼羅という絵を観に行く機会があったのですが、画家さんが『画材に触ってみませんか?』と声をかけてくださって。せっかくなのでと画材に触れた途端、涙が止まらなくなりました。その瞬間、絵筆を走らせていた昔の記憶が蘇り、あの体験の意味の重さに気が付きました。辛い環境の中でも絵を描くことが出来たのは幸せなこと。その幸せに目を向ける余裕がなく生きることで精一杯だったけれども、今なら描けると確信したのです。そこから、幼少期に描いていた波紋線や文様に、日本文化や陰陽道と曼荼羅の思想も取り入れた独自の抽象画を描くようになりました。」
 
 

『ブラックスピネル』


 
 

 
 

“ 流動的な美学の追求 „

 
 
「曼荼羅には、十全十美、左右対称を前提とした思想がありますが、私はそれに対し疑問をもちました。なぜなら、完璧と未完成は共に存在するものだと思うし、流動的であることに美しさを感じるから。人の想いも生きる日々も物事全てが永遠の連続性。そしてアートは、絶え間なく変わり続ける永遠の一瞬を切り取り、画家の見地から新しい形を創造する営みです。一瞬一瞬が二度と繰り返されない大切な出会いで、変化の中にこそ真の美が宿ると感じます。私の作品がその美しさの一部、流転無常(るてんむじょう)の一会、三会として、誰かの何かしらの気づきや心に響くことを願っています。」
 
ENAMIさんは、流動的で未完成なものに美しさを感じ、日常にある小さな幸せを描写します。それを実現できるのは、常に自分の気持ちを大切にし、思考と行動を一致させてきたからこそ。幼少期のENAMIさんにとって支えとなっていた絵は、今後、多くの人にポジティブな影響を与えるハブとなっていくでしょう。
 
「画家としての原点回帰になった作品とは『深緑と妖精の結葉』。故郷に帰った際に、幼少期の逃げ場であった神社にも立ち寄り描いた作品です。今ではトトロの森と云われてますが、絵を描いて遊んだあの時にも、妖精がいたかもしれないと懐かしさを感じながら、当時の記憶と感情を素直に表現できた作品でもあります。
今後は、国内外原画の展覧はもちろん自分のSNSやHPを更新し、オンライン上の個展としても充実させていきたいです。その際のこだわりは、日本ならではの色を表現すること。世界のなかでも色彩感覚が豊かな日本だからこそ描ける絵を大切にしたいです。日々の小さな幸せを、絵を通じて伝え、世界中の多くの方の心の癒し手になれたら幸せですね。」
 
 

『深緑と妖精の結葉』


 
 

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