INTERVIEWインタビュー
北の大地から、自らの夢を追い求めて
自然と描きたい気持ちが湧いてきて…
―画家を目指したきっかけは何だったのでしょうか?
「元々、子どもの時から絵を描くのは好きでした。以前、釧路にいまして、そこで絵画教室に通い始め、そこから本格的に画家活動をスタートしました。高校卒業後、1年くらい経った後でしょうか。学生時代は、画家なんて全く考えていなかったんですが、絵を描きたいという気持ちが沸々と湧いてきて…。これといった大きなきっかけはありませんでしたが、自然とそういう心持ちになっていきました。最初から風景画などを描きたい気持ちが強かったので、絵画教室では水彩画を中心に学びましたね。そうやって釧路では5年ほど、会社に務めながら並行して画家活動をしていましたが、その後仕事の都合などもあり、札幌へ移住しました。移住後は絵画教室に通うことはなくなりましたが、時間が空いた時に継続して描画は行っているという状況です」
―本業がある中での画家活動は大変かと思いますが、現在はどのようなスタイルで活動しているのでしょうか?
「本業の傍らでの活動ですが、特に時間を決めて描くという形ではなく、時間が空いた時にやろうというような感覚でいます。時間帯で言えば、夜に描くことが多いでしょうか。午前中や昼間はなかなかやる気を感じないもので…。休日の夜、あるいは休日前の夜に集中しやすいですね。絵画教室も夜に通っていましたので、ひょっとしたらそういうことも関係あるかもしれません。
基本的には、自らスマホで撮った写真を見ながら描くスタイルです。納得いくまで描き続けてしまうタイプなので、下書きの段階でかなりの時間をかけてしまいがちです。『完成するな』と思っていても、よく見ると変だと感じてしまい、消しては書き直しということを繰り返すことも多いです」
歴史的建造物を描くことが好き
―絵を描くうえで、気分が向かないことはありませんか?
「やはりキャンバスに向かえない気分の時もあります。そういう時もあまり気分転換をしようということは考えないですね。自然と絵に向き合えるようになるまで待ちます」
―現在はどのような絵を描いているのでしょうか?
「風景画が中心です。あとは歴史が大好きなので、歴史的建造物を描くのは好きですね。すでに掲載している『金閣寺』もそうです。金閣寺も、高校の修学旅行で訪れた際、スマホで撮った写真を見ながら描いたんです」
―スキルアップなどはどのように図っているのでしょうか?
「絵の勉強は、水彩画に役立つ本を読むか、WEBなど作品を見て研究することが多いです。最近も、空のグラデーションや木の描き方を本で勉強して描いています。雲の描き方に関しても、最初は一旦全体にティッシュを吸い込ませると薄い雲のように見えるなど、そういう色々な技法についても学んでいます。自分で気になった技法などを調べて、習得するというスタイルでやっていますね」
名前が知られるような画家を目指して
―画家を志した時に思い描いた道は辿れていますか?
「思い描いていたような活動は、まだまだできていないです。城が好きなので、いつか日本中の城を巡って、自らの手で描きたいという夢はあります。現状、北海道に住んでいることもあり、一つも訪れることができていないのですが…。一番訪れたいのは姫路城。形状的に好きなのもありますが、一番の理由は好きな武将である黒田官兵衛の出身地だから。ちなみに、私の名前の由来も黒田官兵衛から取っているんです。
また、故郷・浜中町のスポットを描いて、その絵がきっかけで観光客の方が一人でも来てくれたらという夢もあります。すでに掲載している『霧多布湿原』、『湯沸岬灯台』もその一つで、ご覧になった方はぜひ足を運んでもらえたらと嬉しいです。地元ながら、浜中町にもまだ行けていない場所があるので、時間を見つけてじっくり回りたいですね」
―個展など、多くの人に見せる場所を設けたい思いはありますか?
「個展を出したい気持ちはもちろんあります。ただ、まずは絵を描く活動を増やしたい。そして、私の名前を覚えていただけるようになれば本当に嬉しいです。大袈裟かもしれないですが、世に伝わるような作品を残して色々な方に親しんでもらえるような画家になりたい。絵を売るというよりも、どのような形であれ、まずは絵を見ていただきたい気持ちが今は大きいです。
1回東京で展示に出しましたが、出展するのも意外と大変なことが多く、いずれまた機会を見つけて出せたら…という考えです。ですから、今はSNSなどでの発信を通じて、皆さんに届けたいと思います。
いつになるかわかりませんが、最も叶えたい夢は『旅をしながら絵を描き続けること』。全国を回りながら、お城や歴史的建造物、風景を描いていきたいです。そこに向けて、今は札幌でできることをコツコツと積み重ねていきたいですね」