アーティスト、書家として活動しています。京都芸術大学大学院修士課程を修了し、財団法人日本習字教育財団最高位8段を取得しました。現在は京都で暮らしながら、肉筆という文字の身体性をコンセプトに、インスタレーションや映像など、幅広い表現方法で制作しています。
これまでの活動としては、MGG(光村グラフィック・ギャラリー)での「今子青佳書道展 筒井康隆『残像に口紅を』」、誠光社での「男もすなる日記」、立命館大学平井嘉一郎記念図書館「デジタルの書」などの個展を開催してきました。また、三人之会公演「胎内」(三好十郎)、「逃亡」(高行健)などの舞台美術も担当させていただきました。雑誌『SPUR』(集英社)での掲載も多数あり、幅広く活動させていただいています。
Interview注目の作家
小さい頃から近所の書道教室に通っていましたが、書をアートの文脈から考えてみたいと思ったことがきっかけです。こう感じるようになった時期と、京都に移り住むタイミングが重なっていたので、京都の芸術大学の大学院に入ることを決めました。大学院では制作と論文の両方から書を研究し、理論と実践の両面から書という表現を深く掘り下げていきました。この経験を通して、よりコンセプトを大事にしながら制作するようになりました。
筒井康隆『残像に口紅を』の全文を書にした「今子青佳書道展 筒井康隆『残像に口紅を』」です。コロナ禍の直前に企画が決まり、外出のできない時期に5年かけて制作しました。全紙サイズの紙200枚ほどにびっしり文字を書き連ねる行為は、筒井さんの文体を自分の中に取り込む作業のようでもあり、写経のようでもありましたが、同時に自分の文字として作品ができていくのは不思議な感覚でした。会期中に、著者の筒井康隆さんご自身にも見に来ていただけたのは嬉しい出来事でした。
その数年後に、全文を書いた作品を全て燃やす映像作品を作りました。制作した作品を燃やすという行為は、一見破壊的に見えるかもしれません。しかし、作品を燃やし切ったときに、言葉や文字が空気中に溶けていくような、でも形が変わるだけで言葉や文字は存在し続けるんだろうなと感じました。
肉筆という文字の身体性をコンセプトにしています。活字で削ぎ落とされた文字に付随するニュアンスを肉筆に込めたり、肉筆を溶かしたり燃やしたりして消すことで、文字や言葉の気配を作品に込められたらと思って制作しています。
また、仮名文字を紙ごと切り刻んだ作品や、わざと文字化けさせた文字の作品も制作しました。どれも、現代社会で生きる中で感じられる違和感を背景に、作品の見え方を変化させています。私たちが普段使っている日常の言葉が、作品を通してズレて見えたり、見えない言葉が可視化されたり、気配を感じられたりできたらいいなと思って作っています。
大学院の修了制作で発表した映像作品「永沈(ようちん)」です。どこからともなく降り積もる文字、それが際限なく降り続き、日常を脅かす世界を描いた澤西祐典の小説『文字の消息』より引用した文章や語をモチーフとし、言葉が落ち、澱み、最後には言葉が死ぬ様を表現しました。
この作品は、これまで私が書にこだわって制作してきた意味と、作品のコンセプトと、作品自体が一致したように感じました。書を学び、アートの文脈で捉え直し、現代社会における言葉の在り方を問うという、自分がずっと追求してきたテーマが一つの形になった瞬間でした。
また、この作品と論文は大学院賞に選ばれ、そのことも同時にとても嬉しかったです。
これからも言葉の存在やありかを、書を通して考えていきたいと思っています。日々暮らしていくなかで、言わなきゃよかったと思った言葉や、長年自分を苦しめてきた言葉、言おうと思ったけど言わずに止めておいた言葉など、思考と言葉が綯い交ぜになった「言葉」を、丁寧に見つめる作品を制作したいです。
その思いを軸に、長い目で見ていつかやってみたいことが2つあります。ひとつ目は、海外文学の原語や翻訳をまるごと一冊書にすることです。今は、どの文学がいいか時間をかけて選んでいます。ふたつ目は、かつて、子どもの頃に筆をよく使っていたご高齢の方に、お好きな名前を筆で書いてもらい、100人ほど集まったら、みなさんの作品を一挙に展示する展覧会です。後者は私のライフワークにしたいと思っています。
どちらもどんな展覧会になるか未知ですが、その時の自分自身を見つめながら、社会にも向き合いながら、生っぽい書を見つけていきたいと思います。
言葉と文字に向き合う真摯な姿勢は、書という表現の可能性を広げ続けている。肉筆の身体性や文字の気配を探求するその制作は、見る者の感覚や思考を揺さぶり、日常の言葉を新たに捉えさせる力を持つ。今後も今子青佳氏が描き出す独自の世界と、新たな挑戦に期待が高まる。