見えない恐怖が世界を駆け巡り始めた頃、東京では満開の桜に雪が降った。午前中はさほどではなかった雪は、午後になると勢いを増し、誰もいない公園では傘を叩く大粒の雪の音だけが響いていた。どちらが花でどちらが雪かわからないほどに花と雪が溶け合い舞うさまは、世界が終わってしまったのではないかと思えるほど、悲しいくらい美しい光景であった。
あの日から数ヶ月、世界中の大都市がロックダウンし日本にも緊急事態宣言が出されるなど、今まで経験したことのない事態になった。
企画されていたグループ展は全て延期となり、また画材などの調達も難しくなり、いつ終わるかわからない「自粛」という日々の中で不安は膨らむばかりであった。
新しい生活スタイルの中では、生活の全てがパソコン上で行われ、私自身も四角い画面の中で家族や友人と話し、食料を買い、不安を払拭すべく様々な情報を収集した。
窓の外では、季節は春から初夏、夏を迎えていた。人々が消えた街では、花々は咲き誇り、鳥は高らかに歌い、新緑は輝きをましていた。
時が止まったかのような静寂な世界の中でひとり制作を続けた。疲れた時は、近くの公園に行き花々の香りを嗅ぎ、緑の風を浴び、また、アトリエにもどり花を描いた。
気がつけばほとんどパソコンを見ないで毎日を過ごしている。日々はとても穏やかに過ぎている。
2020年7月 横山智子
横山智子 Yokoyama Tomoko
武蔵野美術大学 油絵学科卒業
個展
1993年 零度の花冠 (ULLA SOMMERS/ドイツ) 1999年 胚葉から (ギャラリー池田美術/東京) 2001年 first memory (みゆき画廊/東京) 2004年 memory (みゆき画廊/東京) 2007年 True Blue (コートギャラリー国立/東京) 2009年 TRANCE (ワダファインアーツ/東京) 2010年 I Novel (ワダファインアーツ/東京) 2012‐2013年 innocent blue (銀座三越/仙台三越/札幌三越/大阪三越伊勢丹/名古屋栄三越) 2014‐2015年 silent voice (銀座三越/静岡松坂屋/名古屋栄三越) 2015‐2016年 for you (銀座三越/静岡松坂屋/池袋東武/名古屋栄三越) 2016年 secret garden (静岡松坂屋/静岡) 2017‐2018年 空の深度 -アオイサクラ(銀座三越/静岡松坂屋/名古屋栄三越/新潟三越/福岡三越) 2018‐2019年 空の深度 -雪月花(銀座三越/新潟三越/名古屋栄三越/静岡松坂屋)
装画
2007年 『きみのためのバラ』 池澤夏樹/著 (新潮社) 2010年 『望みは何と訊かれたら』 小池真理子/著 (新潮社) 2012年 『二重生活』 小池真理子/著 (角川書店) 2013年 『千度呼べば』 新川和江/著 (新潮社) 2014年 『ソナチネ』 小池真理子/著 (文藝春秋) 2015年 『千日のマリア』 小池真理子/著 (講談社) 2016年 『律子慕情』 小池真理子/著 (集英社) パブリックコレクション 神奈川県立近代美術館 / 神奈川