【名画を語る~兒嶋画廊 歳時記~】児島善三郎

澄むものの限り尽くせり秋の水

 
 空気もキーンと引き締まり山の湖にも晩秋の色が濃い。ここも画家の定点観測の場所の1つです。
初めて辿れるのが1937年に描かれた『晩秋の蘆湖』という題の同じく10号で、翌年にも『芦ノ湖晩秋』が描かれています。また、その翌年の1939年にも『芦ノ湖晩秋』と続きます。1941年には『蘆之湖初夏』、1942年には同じく初夏に3点、掲載の絵が1946年、1951年に5点と同じ10号のFサイズでほぼ同じ場所、若しくは近い場所にイーゼルを立てています。画面構成はよく似ていますが一作一作工夫を凝らし、手前の箱根神社あたりから恩賜公園の半島をかすめて対岸を描きます。
 

『函根の晩秋』1946年10号油彩/キャンバス
 
 ちょうど、その距離感が良いのと、ゴルフの弾道の反対曲線のような視点の移動が面白かったのでしょう。国分寺でも同じような練習をしているのですが、そのスケールが全く違います。手造りの代々木の自宅の庭の距離感から国分寺の野川を挟む浅いU字谷の空間へ、そして、この箱根の大きなボウルの底のような空間へと善三郎の実験は続きます。直線的遠近法ではなく弛ませた張綱の上を歩いて渡る様な空間の把握、中間の空間のリアリティーを描く鍛錬が風景画はもとより後年の瓶花の作品の中でのツボと花の距離や薔薇の花びら同士の距離などミクロの空間表現にも大きな力を発揮することになります
 
 
 5年ほど前から構想を練り準備を始めていた祖父の絵をふくめた日本近代洋画の台湾での展覧会がいよいよ実現の運びとなりました。この10月6日が招待日で7日から一般公開も始まりました。この
展覧会のそもそもの始まりは、善三郎の単独展の企画から始まりましたが、次に梅原·児島の2人展、またそれが拡大して東京藝大、日本洋画商協同組合の記念事業と合体して、明治から戦前の昭和期の洋画家·水彩画家合わせて31作家の作品約90点の大展覧会となりました。
 

『赤い背景の裸婦』
 
 戦前戦後を通して、東アジアで初めての本格的日本近代洋画展の展覧会です。上に挙げた『赤い背景』は第一回独立美術協会展の出品作で1931年に台湾に巡回展示されて以来80年ぶりの展示として大きな話題となっています。展覧会後、台湾に置いてゆくつもりはないかとの打診もありました。名誉なことでもあり、日台美術交流の発展に役立てるのであれば、前向きに考えてゆきたいと思っております。展覧会に合わせて立派な図録もできました。
 
 英文、中文もあり、日本の洋画の、今後の世界的理解の橋頭堡になっていってくれると確信しております。大学美術館側の話ですと、入場者数を十万人と見積もっているとのことですので、大いに期待しているところです。
 
(2017年9・10月合併号)

 

  兒嶋画廊  


国分寺崖線の上に立つ藤森照信氏設計の丘の上APT(トタンの家)において、様々な展覧会活動や地域との共同事業を行う。児島善三郎作品をはじめとする日本の近代洋画、1960〜70年代の現代美術、藍染古布などのテキスタイルアート、縄文土器や土偶などジャンルを越えて私たちの日々の生活に活力を与えてくれる美的鑑賞物を展示販売する。
 
-作品のお問い合わせ先-
〒185-0024 東京都国分寺市泉町1-5-16
Tel/Fax:042-207-7918

 

 

  児島善三郎  

 
治以降の日本近代洋画を代表する作家の一人として、戦前、戦後を通して活躍する。特に「日本的洋画の完成」を目指し油彩画の基本に加え、南画や琳派、浮世絵の研究を重ね、大胆な様式化や絢爛なる色彩を駆使し「善三郎様式」と呼ばれる独自の世界を築いた。初期の人物画から松の木を大胆に取り入れた風景画、中期以降の豪華な盛り花や薔薇の絵など多くの人に今も愛され続けている。
その画業は独立美術協会のみならず画壇全体に大きな影響を残した。
近年は香港や中国のオークションにも優作が出品され、アジアの市場でも人気が高まっている。
 
 
 
 

 
 
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