Interview: 田村勇太

“考えて描かない”を最大のテーマに創作活動に挑む田村勇太の絵の世界。
モチーフごとに異なる画風に表現される自由な発想の原点に迫る。

 
「絵が好きというだけだったので、大学に進学するときも美術系の大学に行くという考えはなくて、
普通に4年制の大学で外国語を専攻していました。
小さい頃の夢もごく一般的な男の子が思うような、例えば野球選手になりたい、みたいな夢でした。
美術と関係ない大学に進学して、美術と関係ない会社に就職して、普通に社会人として生活していたんですが、社会人生活に疲れてきたんです。何のために働いているのかわからない、自分が思い描いていた生き方ができていない気がして、将来への不安や現状に対するストレスが溜まっていって、このままだとよくないな、なんとか現状を変えていきたいなという思いが強くなっていったんですね。」
 
 

ふらっと立ち寄った本屋さんでたまたま手に取った美術書が田村さんの美術に対する概念を変える。

 
 
「バンクシーが載ってたんです。まだバンクシーが話題になる前で、僕自身もバンクシーのことは知らなかったんですが、衝撃を受けました。僕は美術系の学校を出ていないので今のアートシーンがどんなものなのかわかっていなかったから中学の美術の授業レベルで止まっていたわけです。例えばゴッホが描く風景こそが“絵”というもののイメージ、そういう次元です。
バンクシーの作品を見て、こういうのもアートなんだ、こういうのでもアリなんだ、専門的なことやアカデミックなことを学ばなくても、アートというのは自分で作れるんだと。それなら僕もできるかもしれないと思わせてもらいました。」
 
 

まず買ったのはどこにでも描ける画材のアクリル絵具。
アクリル絵具を使ってトートバッグやスニーカーに描くことから始めた田村さんは時間に縛られていた会社勤めを辞め、独立起業を経て創作に集中できる環境を構築。
独学によるトライ&エラーを繰り返しながらアウトプットを続ける田村さんの持ち味は、モチーフによってがらりと異なる画風だ。

 
 
「自分でもよくわかっていないんですが、自分の中に理想のイメージがあるんだと思うんです。
人物に対しての僕的な理想のイメージ、動物を描くときの僕的な理想のイメージ、植物を描くときの僕がいいなと感じる植物の美しいイメージ。僕はこれが全部ばらばらなんだと思います。
なので描く対象が植物だったら抽象的になったり動物だったらイラストっぽくデフォルメされたものだったり 人物だったらわりときれいに描いたりということなんだと思います。
自分の中にあったもともとの理想が出てるだけで、意識的に画風を変えているわけではないんです。
美的な価値観がモチーフによってバラバラ。そのバラバラな感覚に従っています。」
 
 

植物画はモチーフの輪郭が定まらないことが多く、空気に溶け込んだような抽象的な雰囲気を纏う

 
 

田村さんの持ち味である“バラバラな感覚”は美術学校に行かなかったゆえの賜物だ。
アートの世界においては絵画の技術や歴史を学ぶも学ばないも表裏一体で、それぞれの利点がある。

 
 
「学校に行ったらこうなっていたかなと思うのは同じアートや美術で頑張れる友達や先生などの人間関係は作れていたのかなと。そこがやっぱりうらやましいですね、一番。ただ、外国語大学に行ったからこそ得られた知識もあるので美術学校を出なかったからダメだったとは一概には言えないですよね。
行ってないから専門的なこともわかってないですし、良い意味で縛られていないというところがあるから画風がコロコロ変わるんですね。
変えようと思って変えているのではなくて、描きたいものを描くとそうなって、結果として全然違うものになる。
ただ、 “同じ画風で描いたほうがいいですよ”とよく言われるのは事実です。
例えば公募展に出したとき、同じようなシリーズでいっぱい出したほうが評価されやすいというアドバイスをいただくのですが、一方で、“いい意味で同じ人が描いた絵とは思えない”という評価もいただいています。
これが美術学校を出ていない、自分で勝手にやっていることの良さであると同時に伝わりにくいところでもあるのかなと思うんですよ。価値観が変わらない限りは今のような画風が続くと思います。」
 
 

動物を描く際は骨格的なリアルさなどを一切無視しデフォルメされる


自分で模索していく負荷は大きいが、広い視点を保つことができる。
先入観なく、自由な発想で描き、モチーフによってがらりと変わる画風。
統一されている部分をあえて挙げるのなら、どことなく漂うアンニュイ感だ。

 
 
「僕には悲観的な部分があるので、暗い部分に魅力を感じるというか。ちょっと暗め、悲しげな感じが出ていたらいいなと思ってますね。そこが自分の中の判断基準になっているかもしれません。」
 
 

やや写実的で影を感じる人物画

 
 

田村さんらしい絵の判断基準はダークな雰囲気が自然と表現できているかどうか。いかに考えずに理想を表現できるかが肝だと言う。

 
 
「考えないで描いているときが一番楽しいです。
描かないといけないという感覚って辛いんですよね。
好きで描いているはずなのに、以前嫌で辞めた仕事をしているような感覚。
自分の絵じゃなくて、その先の見てくれる人のために描いた絵になっているというか。
自分の描きたい絵なのか、見てくれる人のために描いている絵なのか、その判別がつかないときがあって。
ただ僕のこの感覚は絵を見てくれる人には関係ないので、見る人がその絵を気に入ってくれたのならそれで良くて。自分が納得したいという、自分自身の問題なんですよね。」
 
 

自分のために描いた絵がめぐりめぐって誰かの目に留まり、何かを感じ取ってくれたら幸せだと語る田村さん。パーソナルな絵ではあるが、感じ方は見る人の自由という前提だ。見る人が作家の固定的な思いに引っ張られることがないよう、あえて自身のメッセージを込めない描き方をする。目標は、たくさんの人に作品を見てもらって、代表作と言える作品を作ることだ。

 
 
「芸術作品って崇高なものとして扱われすぎている気がします。
絵がすごいものと思っている価値観が人を遠ざけているんですよね。
芸術がもっともっとサブカルな扱いを受けてもいいと思うし、そういう環境になるように僕自身も発信をしないといけないと思っています。
 
アートって高い作品だから良い、安く売られている作品だから悪いとかそういうものじゃない。アートシーンを盛り上げるためにはアートに参加できる人口を増やすことが一番だと思っています。アートに参加するというのは単に自分で作品を作るというだけでなく、アートを鑑賞する、アートを買って家に飾る。そういうのもアートに参加していることになると思います。そういう参加の仕方をたくさんの人ができるように、安価な絵をたくさん売るというのもとてもいいと思います。
あと、僕は誰でも絵を描けると思っているので、僕自身がそういう代表になりたい。自由に楽しく絵を描こうよと言いたいです。」
 
 
田村勇太にとって “アート” とは?


 
「自分です」
 
 

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