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Interview: 野田裕一

日常の何気ない風景のなかに、物語を紡ぎだす

 
 

“ 思い起こされた描きたいという思い „

 
 
「高校卒業後に鋼鉄メーカーに入社し、現在は技術室でレール及び鋼矢板等形鋼のロール設計業務をしています。幼少期から絵を描くのが好きで、漫画を模写したり、教科書の隅にパラパラ漫画を描いたりして、周りを笑わせていました。高校に進学してからは、美術部に所属しイラストを描くように。就職してから数年、忙しさもあり筆を置いていましたが、絵を再開するきっかけとなる出来事がありました。鉄冷えの時代が続いていた当時、私は会社に残るか、転職すべきか悩んでいました。そんななか、ショッキングなニュースが届きます。それはファンだった伝説のF1レーサーのアイルトン・セナ選手の事故死。自分を取り戻した私が思ったのは、セナ選手の絵を描きたいということでした。」
 
思い起こされた強い感情をもって、野田さんはセナ選手の似顔絵を描くために画材店へ。そこで、のちの活動にもつながる偶然が起こります。
 
「美大出身の同級生がアルバイトをしていて、私の絵を見たいと言ったんです。当時私は水彩絵具を厚塗りして似顔絵を描いていたのですが、その絵を見せたところ、絵の四隅をきちんと描けていなかったようで、彼女から喝を入れられまして。画家の松屋和代先生を紹介してもらい、その絵画教室に通って油絵を始めることとなりました。そこで学びながら製作した作品が溜まってきた35歳の時に、初めて小さな画廊で個展を。以来、仕事や子育てもあって一時期絵から離れた期間はありつつも、現在に至るまで個展を複数回開催してきています。また並行して、40代前半の頃からは縁あって似顔絵を描く活動も。養護施設に似顔絵を描きに行くボランティアをしていたこともあります。」
 
 

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“ 物語が見える一コマ漫画のような日常風景 „

 
 
「本格的に絵を書き始める際、アメリカの画家ノーマン・ロックウェルの画集を夢中になって見ました。彼の作品は、リアルで親しみやすい日常の風景画が多い。日常の何気ない人々の風景は、私にとっても製作していてもストレスを感じない、癒しの時間になると気づきました。そこで、季節感のわかる地元北九州の風景を、12か月分のカレンダーのイラストとして納めたいと思ったんです。そういったコンセプトでほのぼのした生活風景や、途中からは自分が好きな動物の絵も描くようになりました。理想は一コマ漫画で、その絵を見ることによって何かが連想されたり、物語が見えたりするような絵を意識しています。」
 
日常の何気ない風景や、自分が癒される絵を型にとらわれずに書き続けていきたいという野田さん。日常風景のなかでも特に好きなのはお地蔵さんだそう。どんな所に惹かれるのかと尋ねると、「普段はあまり意識しないものではあるけれど、日本の風景に溶け込んでいる」という以外に、もう一つの理由を教えてくれました。
 
「将来は自分が得たものを返していきたいと思っています。お地蔵さんを描く際は、絵具にコンクリートを混ぜる画法をとっているのですが、お地蔵さんの肌ざわりや質感を再現できるだけではなく、誰でも手軽に扱えるというメリットがあります。私も成人するまで油絵を知りませんでしたが、小さな子供たちもコンクリートを混ぜる技法を知らないかもしれません。ですので、お地蔵さんの絵を通じて、ちょっとした工夫でさまざまな表現ができると伝えられていたらいいなと思います。現在は動物をこの技法で描くこともありますし、今後は大作にもチャレンジしたいですね。」
 
 

ARIGATOU


 
 

 
 

“ 物事の背景を取りこぼさない „

 
 
「特に思い入れのある作品は『ざりがに釣り』です。油絵の2作品目で、現在は成人している甥二人がザリガニ釣りをしている風景です。あまり興味がなさそうな弟がザリガニを釣って、一生懸命な兄は空き缶を釣るという面白い物語があります。また、『初詣の帰りに』も気に入っています。おじいさんが正月に帰郷した可愛い孫娘たちに出店のお面を買ってあげている風景ですが、この作品にも物語があって。姉妹は着物を着ているのですが、靴を履いているんですよね。溌剌とした元気な女の子だから、着物を用意したおばあさんが靴を用意したのかな…と想像できていいなと思ったんです。この作品を展覧会に出展したのですが、親子が肩車をしながら楽しげに鑑賞していて。その姿を見て、描いてよかったなと心から思いました。」
 
意識をしていなければ日常として忘れ去られてしまいそうな一コマを切り取り、優しく鮮やかなタッチで物語を紡ぎだす野田さん。その背景には、ものづくりに長年携わってきた野田さんだからこその価値観があります。
 
「鉄鉱石や石炭は、結局いろんな国の自然を破壊しているから手に入るともいえます。そして、お客様に届けるまでには多くの人の苦労がある。世にあるすべてのものに、そういった背景があることを忘れてはいけないから、私はそれを取りこぼさないようにしたいと思っているんです。」
 
会社員として勤務する傍ら画業にも力を入れている野田さん。絵にかけられる時間は限られているものの、毎年開催する個展で絵を描く喜びを感じてきた分、恵まれない子供たちや弱い立場の人に絵でサポートしたいという想いで活動を続けています。
 
「お金をかけなくてもアートを通じて伝えることはできると思っています。誰もがアクセスできる公共施設などで展覧会を開催したり、デジタルで多くの人に絵を通じた幸せを届けたりしたいです。」
 
 

ざりがに釣り


 
 

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