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Interview: 松井秀一

ポジティブで周りを照らす車椅子画家、目指すは地域活性化

 
 

“ “相手に喜んでもらう絵”がコンセプト „

 
 
「18歳10ヶ月のとき、車の事故で首の骨を折ってしまいました。それ以来、両手両足に障がいを持っていて、現在は車いすユーザーとして過ごしています。アート活動を始めたのは、2020年。SNSでのライブ配信活動をしていて、アカウントのアイコンとして設定していた自作の車いすバスケの絵を見たリスナーの方が、“絵を描いてみたら?”と勧めてくれたことがきっかけでした。最初はパソコンで描いた輪郭を印刷して、そこに水彩絵具で色塗りする形で描いていました。でも次第に、“この描き方だと少し味気ない。今後個展を開くなら額縁に入れるに値する本格的な絵を描きたい”と思うようになり、2022年からアクリル絵具でキャンバスに描くようになったんです。手を自由に動かせないため、絵を描く際には洗濯ばさみを装着した筆で固定させ、絵具を出すときは親に手伝ってもらっています」
 
落ち着きがありながらも、ハツラツとした富山弁でそう話すのは松井秀一さん。高校まで野球に打ち込んだスポーツマンで、事故で障がいを負った今も、車いすツインバスケットボールの富山県チームに所属しチーム代表として活動。加えて、「オキラジ」という沖縄FMのパーソナリティも務めるなど、3足の草鞋で活動に励んでいます。そんなアクティブな松井さんが絵を描く際に大切にしているのは「相手に喜んでもらうこと」だそう。
 
「リスナーの方から、“こんな絵を描いてほしい”とリクエストをもらって描くことが多いのですが、相手が喜んでくれたり、嬉しいと言ってくれたりするのはありがたいものです。当初は“画業で生計を立てないと”と力んでいましたが、段々と見てくれる人に喜んでもらえる絵を描きたいと思うように変わっていきました。実は人物画があまり得意ではないのですが、依頼されたら頑張って書いていますよ」
 
 

錦鯉


 
 

 
 

“ ポジティブマインドで、幸運を引き寄せる „

 
 
「これまでは個人事業主として画業活動していたのですが、最近になって、人材派遣会社に所属することになりました。さらに、今年10月にはアメリカ・ニューヨークのカーネギーホールで開催された展示に、自身の作品を5点展示させてもらうことが叶いました。それもライブ配信活動で知り合った、アーティスト仲間からの推薦がきっかけでした。その方に託し現地には行かなかったのですが、展示記念証をもらい、リスナーの方々からも“おめでとう”と喜んでもらえたのが嬉しかったですね」
 
企業に所属して毎月安定的な収入を得ながら絵を描けるようになったり、ニューヨークに自身の絵を出展したりと、少しずつ画業に芽が出てきたと感じるようになったと話す松井さん。企業では人事部に所属し、社員の方の似顔絵を描くなど、絵の才能を活かした仕事ができているといいます。ご縁があればすかさず飛び込み、ポジティブな方向に突き進んでいく松井さんに、そのマインドでいる理由を尋ねると、これまたハツラツと明るく答えてくれました。
 
「ポジティブ・ネガティブってよく言いますが、ネガティブなことを考えて生きていれば、悪い方にしかならないし、ポジティブなことを考えていたら良いようにしかならない。引き寄せの法則はあると思うから、ポジティブなことばかり考えています。ただ、それでも悪いことを免れないこともあると思います。それでも、悪いことがあるからこそ良いことがあるので、“これで済んで良かった”って思うようにしているんです」
 
 

ニューヨーク・カーネギーホールでの展示パンフレット


 
 

 
 

“ 目指すは地域活性化!障がい者雇用も視野 „

 
 
「風景画を描くのが得意なのですが、なかでも気に入っているのは『富士山』の絵です。青富士には、“不老不死”といった意味があり、赤富士には“願望成就”といった意味があり、縁起がいいんです。事故で死に瀕したこともあり、自身のルーツと重なる部分があると感じています。“絵でビジネスを軌道に乗せて、地域を盛り上げたい”という思いも込めて富士山の絵を描き続けていきたいですね」
 
今後については、「実現させなかったら嘘つきになっちゃいますから」と豪快に笑いながら、素敵な目標をいくつも掲げてくれました。
 
「『オキラジ』のつながりから沖縄で出店してみたいですし、インバウンド向けに外国人が好む日本画に注力していきたい思いも。やりたいことはたくさんあります。

また、今住んでいる富山県は、全国から人が訪れる観光地『砺波チューリップ公園』があったり、『津沢夜高あんどん祭』が行われたりします。家の向かいに、家業である材木屋の倉庫があるのですが、その倉庫は高速道路や国道から見える位置にあるんです。なので、外壁に自分の絵を描くことで、“これは何だろう?”と家業や自身の個展の集客につなげられたらと思いますし、それが地域の活性化につながればさらにうれしく思います。

自分自身はアクティブに活動できていますが、周りには普通に動けるのに働く場所を見つけられずにいる障がい者の仲間も多いです。自分の商売を成長させていき、そういう人たちも雇用できたらなとも考えています。そのためには、まず自分が有名にならないといけませんね。死ぬまで自分ができることはし続けたいと思っています」
 
 

赤富士


 
 

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