内田江美さんインタビュー - インタビュー
インタビュー 内田江美さんインタビュー

INTERVIEW

内田江美

物心つく頃からそばにあった
制作という”日常”


絵を描き始めたきっかけはなんですか?


実家が商売をしていたため、両親が忙しくてなかなか私の相手をするのが難しかったようで、紙とペンを渡され

「これで絵を描いてごらん」

と言われてたのが始めです。
それで好きになっていって、幼稚園になった時も絵が上手だったからか年少の時に園のポスターを任されたんです。

え?年少で幼稚園のポスターを?


そうなんです。だからみんな勉強しているのに、教室の隅っこでポスターを描いていた記憶があります。

当時はどんな絵を描いていたか覚えてますか?


何を描いていたってことではないんですけど、自由に・・・
人とかそういう感じだったかな?

そんな感じで絵を描くことがすごい好きだったから、小学校2年生の時近くにあった絵画教室に通いたくて、親に頼んで通わせてもらいました。

当時は知らなかったんですけど、その教室の先生が日本画の高山辰雄先生のお弟子さんで、小学校2年生から女子美に入るまでと社会人になってからずっと習っていて、トータルで14年位習っていました。だから物心ついた時からずっと絵を描いていたイメージがあります(笑)

実際に絵を販売するようになったのは大学を出てすぐくらいですか?


実は女子美ではファッションデザインの勉強をしました。なぜかというと絵の先生や周りの大人から、「画家では食べれるわけではないんだからちゃんと就職できるようにデザインの勉強をするように」と助言されて、

「あぁ、そうなのかな。」

と思って就職もファッションの会社に入って、デザインの仕事に就いたんですが入社後は絵も描いてました。

でも作家としてやっていきたいというか、試してみたいという気持ちが強く、試さずに社会人としてやっていくのは嫌だなと思って、4年半位勤めてその会社は退職しました。

ファッション系というと具体的にどんなお仕事をされていたのですか?


子供服のアパレルメーカーだったんですが、デザインをしたり、、大きい会社ではなかったので色々なことをしました。

ファッション業界にいた経験は制作に活きていますか?


ファッションはずっと好きだったのでデザインなんかがおもしろかったりすると、そこからインスピレーションを受けることはありましたね。

内田さんの作品は非常に色彩が豊かなので、ファッションがお好きだったというのはわかる気がします。ファッション業界は社交的なイメージがありますが、子供のころから社交的でしたか?


子供のころは大人しくて引っ込み思案で、反面内弁慶なところがありましたね。今もそうですけど好奇心が旺盛でした。

内弁慶とは少し意外ですね(笑)なにか好奇心が旺盛エピソードがありますか?


こどものころ親と海に行ったとき、どこまでも行ってしまって怒られたことがありました。

こどもは海で親と離れると危ないじゃないですか?でも自分で「あそこまで行ってみよう!」と思ってそれでそこまで行って、「今度はあそこまで行ってみよう!」を繰り返しているうちにかなり遠くまで行ってしまったり。

砂浜ですか?海の中?


海の中です(笑)

それは危ない(笑)


同じようなことは幼稚園の時に自転車でもありました。帰るのがすごく遅くなってあたりも暗くて親に怒られました(笑)あとはストーブなんかも親から「熱いから触っちゃだめだよ」と言われていたんですが、「どのくらい熱いのかな?」と思ってさわっちゃったり(笑)
上も下も二つ違いの男兄弟がいて上とも下ともよく喧嘩していたんですが、学校では割とおとなしかったです。
運命の一言で決まった
自分の”オリジナル”


絵画教室の時は静物とか風景とか具象的な絵をずっと描いていて、アーティストとしてやっていくなら自分の内面的な部分をもっと表現したいなと思って、抽象で自分の内面的な部分をぶつけたいなと思い(方向転換)しました。

それはいつぐらいの時期ですか?


仕事を辞めてアーティストになろうと決めてからですね。
結局具象はずっと描いていたんですけど、抽象はどのように描いたら良いのか全くわからなくて、「今までの(具象で描いていた経験)はなんだったんだ!」と思うくらいに何が何だかわからなくなってました。

元々描いていた具象の方に戻ろうとは考えませんでしたか?


それはなかったです。
抽象に変わることの苦労はありましたが、心の思うままを表現することに挑戦することは楽しかったです。

どのようにその時期は乗り越えたのですか?


当時犬島という所に住んでいて島のあちこちをスケッチを描いていたのです。
そのスケッチを見ていた方に「あなたの線は個性的で面白いね」と言われたのがきっかけで、線を画面に入れるスタイルに行き着きました。


具象を描いてきたことはあまり抽象では活きなかったですか?


今描いている作品が具象から来ているとは思ったことはないんですが、テクニックの面では昔からやってきていることは活きている部分はあるなとは思いますね。

絵を描いているときどんなことを考えながら描いていますか?
制作をしていくうえで一つ重要だなと思っていることが、「オリジナルである」ということ。

「これってあの作家さんに似ているな」

とか、どこかに誰かの影があってはオリジナルではないと思っています。
そう思うようになったのは、アーティスト活動をして2年目くらいからアメリカ、ヨーロッパ、アジアなど世界各国で展覧会をしてきた中で、誰もやっていないこととか誰の真似もしていないオリジナリティがあるってことってすごく大事なことだと気づいてからですね。

だから作品を見るだけで「あ、この人の作品だ」と一目でわかるくらい、オリジナリティのある作品を作っていこうと思いました。

だから自分の作品が世界に出た時にどう評価されるか?ということを常に意識して制作しています。


内田さんは海外の展覧会が非常に多いのですが、どのようなきっかけがあったのですか?



あえて海外に行こうと思ったわけではなく、アーティスト活動を始めた当初、ヤングアーティストジャパンという若手だけが出品するアートフェアに出させていただきました。そのアートフェアにたまたまいらしていたシンガポールのキュレーターに、「シンガポールで開催する国際オークションに出品してほしい」と言われたのが最初のきっかけです。

その時のオークションで競った後に落札して頂いて美術館に収蔵されまして。

それから海外の仕事が増えて、2016年には台湾のランドマークである台北101というタワー内になるギャラリー101というところのエントランスホールで個展を開催させてもらったんです。
ギャラリー101で日本人が個展を開催したのは村上隆さん、草間弥生さんの次に私だったと聞きました。

それも非常に大きなきっかけでしたね。

内田江美
台北101タワー


内田江美
台北101タワー内101ギャラリー

内田江美
台湾 高雄市 国立高雄文化センター内田江美展

去年もフランス、中国、シンガポール、アメリカ、台湾などで発表させてもらいました。
以前にもトルコのイスタンブールのアートフェアに2回出品したんですけど2回とも完売したんですね。

なので、意識的に国外というわけではなく、有難いことにどんどん声をかけて頂いてお仕事が増えていきましたね。

ギャラリー101の話も2回完売のすごい話ですね(笑)日本と海外のコレクターさんで違いなどは感じますか?



一番違うのはサイズ感でしょうか。

多分なんですけど、日本は「余白の文化」があるじゃないですか?
海外の方は壁があれば壁一面に絵を飾るので、その違いでしょうか。

購入していただくときの会話はそれほど違いはないと思います。

ただ、

「あなたの作品はオリジナルですね」
「このような作品は見たことがない」

とおっしゃっていただくことは多いです。

やはり購入してくださるのは内田さんのオリジナリティに惹かれているのでしょうね。



う~ん(笑)どうなんでしょうか?
オリジナリティもあるでしょうし、色彩の美しさというのもあるかもしれません。

海外では何号くらいが良く売れますか?


大きい方が喜ばれますね。
50号以上とかからかな。先日は100号でも小さいと言われました(笑)だから50号以上から100、、130とか150とか。

おかげでアトリエが段々狭くなってしまって(笑)

今注文を下さっている台湾の方からのオーダーは300号なんです(笑)もうどうしようかと(笑)

300号(笑)スケールが違いますね(笑)どのような経緯ですか?


以前展覧会で何点か購入してくださった方なんです。自分の別荘を建てたので100号を2つ、130号を1つ購入してくださって。

それで別荘が建ったからぜひ見に来てくれと言われまして、すごく素敵な別荘でビリヤードの部屋などに飾ってくださってました。
それで今度は家を建てるから300号を描いてほしいとなって。

内田江美
台湾 張様別荘にて

内田さんの作品に心底惚れ込んで下さっていますね。


はい、すごくありがたいことです。

内田さんは作品を描くインスピレーションを受けるため意識的に行っていることはありますか?



特にこれと言ってはないですね。
逆にそういうのがあったら良いなと思いますけどね。

そうなんですか。何か降ってくるとかそういうものかと思ってました。



初めからきっちりと設計図を描いて制作をされる方もいますが、私の場合、きっちり設計図を描くと途中で行き詰ってしまうことが多かったので、ある程度ざっくりと頭の中で組み立てたり、簡単なスケッチぐらいです。
色を重ねて行くときには瞬間瞬間に感覚で置いていきます。
すごく考えて描くことはあまりなくて、瞬間瞬間ですね。
初めから何か設計があるわけではなく、ある程度ざっくり頭の中にあって、あとは感覚で。。

描けなくて手が止まったことや、そのような時期はありませんでしたか?


頭で考えたことが上手く描けないことはありました、いざ描いてみると意外と面白くなかったりすることもあります。

行き詰ったらその作品は一旦置いておいて、別の作品を進めます。沢山の作品を同時進行で描いているので、意外と別の作品を描くことで時間をおいて再び取り掛かると、今度は何で行き詰っていたのかわからないくらいすんなり描けることがあります。


お休みの日はどんなことをされているのですか?


ここ3~4年くらいは有難いことに食事、睡眠以外は制作をしていて他に何かをすることはあまりできないのですが。。。

昔はバックパッカーをやっていたので、時間ができたら世界のあちこちや美術館やギャラリーを回ってみたいなーと思います。

岡山に住み始めたきっかけも一人旅で。
18切符で鈍行でふらふら旅しながら、犬島という島に一目ぼれしてしまってそこに移住したのが岡山に住み始めたきっかけです。

犬島ってご存知ですか?

名前は存じ上げています。


今は瀬戸内国際芸術祭の嶋の一つになっていて美術館もありますし、カフェなどもできていますが、私が移住した当時は本当に何もなくて。人口も60人くらいしかいないんです。
島自体も1周するのに歩いても20~30分くらいで、車も通ってなくてフェリーも通ってないのかな?郵便船でいう船で島に渡るっていう(笑)
山梨出身だったので島とか海はすごく憧れだったんです。

それで先ほどお話ししたように犬島でスケッチをしているときに、線をほめて頂いてそれをオリジナルにしてやっていこうとなったわけです。

運命の島ですね


そうですね(笑)その後に芸術祭の島になってしまって。。。
犬島に惹かれて1年もしないうちに移住しました。


影響を受けた作家さんや尊敬している画家さんなどはいますか?


好きな作家さんはいますね。
タピエスとかシーレとかベン・シャーンとか奈良美智さんとか。

ただ、先ほども申し上げた通りオリジナルを追及しているので影響という意味では、幼稚園の時にポスターを描かさせて頂いた先生とか絵画教室の先生とか、今色々な方にアドバイスを頂いている中で何かしらの影響を受けているのだと思います。
「この絵は内田江美」と一目でわかる
線の引き方を追求していきたい


画家人生の中で最もつらかった時期はありますか?


今のところつらかった時期は思い出せなくて、制作はいつも楽しくて嫌だと思ったことはないんですが、先輩方に言わせると「楽しんでいるうちはまだまだだ」と(笑)

逆に一番うれしかったことは何ですか?


先日愛媛の三浦美術館で展覧会をさせていただいた時に、そこのスタッフさんから伺ったことなんですが。
ある小学生の女の子がお母さんと見に来てくださって、すごく感動したようで、美術館で販売していた作品集をお母さんにすごくねだって購入して下さったようなんです。

その作品集は安くはない価格なんですが、小さい子が感動してくれたんだなと思うとすごくジーンとしてしまいました。

年間で何枚くらい制作されるのですか?


100号くらいから小さい作品まで、だいたい・・・100点くらいは制作していると思います。

先ほどお話しに出た300号は初挑戦なので楽しみです。
大きい作品はすごくワクワクします。

絵が大好きということが伝わってきます(笑)内田さんの中で「こんな方に作品を見てもらえるとうれしい」ってありますか?


こういう方というよりも・・・

2010年に東京アートフェアに初めて出品したんですけど、その時にアメリカ人の方が初めて100号を購入してくれたんです。

彼は有名な書家などを世界に輩出した経歴を持つ、東京のあるギャラリーのオーナーで、購入した2年後に作品を扱わせてほしいと連絡をくれたんですね。

その時に聞いたんですが、彼は2年間私の作品を寝室に飾って毎朝毎晩眺めても飽きることがなかったから、世界に発信したいと思ってくださったそうなんです。
それほど真剣に作品に向き合ってくれたという気持ちがすごくうれしくて。

このエピソードはたまたま専門家の方なんですが、一般の方でも真剣に向き合てくれて時には自分の想像を超えるような発想を感じとって話してくれるとなんかアートの素晴らしさに改めて気づくというか、お客さんに気づかせてもらうような。

内田江美
台湾 周様別荘にて

そういう気持ちにさせて頂くことがあるので、こういうことはすごくありがたいなと思いますね。

「ここが人生のターニングポイント」と思うようなことはありましたか?


引かれているレールが見えるという感覚を持つことがたまにあるのですが、岡山に引っ越すときにそれがありました。

元々絵の勉強でフランスに行こうかなと思って準備を進めていたんです。でもフランス行くよりも絶対にこっち(岡山)だと思い抵抗なく進められたので、そういうターニングポイントってあまり迷わずに進めるんだなってなんとなくわかりました。

ご自身の作品の中で最も自分らしさが出ていると思う作品はありますか?



縦長の60号のこちらの作品で、

内田江美
作品名:Deep inside
制作年:2018年
サイズ:1303×894mm
号数:P 60号
技法:油絵
価格:税込1,620,000円
【作品詳細ページ】

私が制作するうえでこだわっているのが”美しさ”と”しつこさ”なんです。
ベースとなる色彩は透明感を出すように油絵の具を何層にも重ね絵いるんですね、そうすると画面に奥行きが出て透明感が出る色彩になるんです。その上に木炭をしつこくしつこく塗ることで一見対局のように見える黒い線なんですが、透明感のある色彩と調和するんです。

私のこだわりとしてしつこいくらいの線の引き方も、怠けると全然面白くない線になってしまうこともありますし、ほれぼれするような線になることもあります。

展覧会では3D眼鏡をかけてみてもらうんですが、隣り合う色の関係で色が飛び出して見える宇宙にいるような不思議な感覚になるんです。

これから挑戦していきたいことはありますか?


誰が見ても「内田江美の作品だ」とわかるくらいのオリジナルを追及していきたいです。
線をしつこくしつこく引いて、もっともっと強烈で心に突き刺さるようなオリジナリティのある作品を追い求めていきたいです。

内田さんにとって「絵」とはなんですか?
物心つくころからずーっと描いているので、描くことが当たり前みたいになっていますね。
プロになったから描くとか、売れるから描くとかそういうものではなく。アーティストでなくても売れなくても描くだろうなと思います。もう一体化したというかそういう存在です。

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2019年2月8日まで開催中!!
創英ギャラリー×日本橋Art.jp【内田江美 個展】


展覧会で展示された作品をweb上でご覧いただき、ご購入も可能です!
お楽しみくださいませ!

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創英ギャラリー×日本橋Art.jp【内田江美 個展】web展覧会ページ
Seed- Pale blue.jpg

作品名:Seed- Pale blue
サイズ:333×242mm
号数:F 4号
価格:税込172,800円
【作品詳細ページ】

Trace-411.jpg

作品名:Trace-411~Live a dream~
制作年:2017年
サイズ:910×652mm
号数:P 30号
価格:税込810,000円
【作品詳細ページ】

小Img21844 - コピー.jpg

作品名:Deep inside
制作年:2018年
サイズ:1303×894mm
号数:P 60号
技法:油絵
価格:税込1,620,000円
【作品詳細ページ】

内田江美.jpg

2016年12月台北101タワー個展にて

内田江美

内田 江美(Emi Uchida)
山梨県に生まれ、8歳から日本画家 安藤峯子氏に師事
女子美術短期大学卒業

服飾デザイナーを経て
アーティストとして活動

【内田江美紹介ページ】