東京都銀座
私は空間の番人になりたいと思ったことは一度もありません。
空間は創造しあう関係が生みだすものです。画廊は創造的な場所であり、それゆえ私の身体そのものです。私はこのなかで生活をし、感じとり、このなかで笑い唄ってきました。それは孤独な唄声ではなく、いろんな人々のオペラのようでありました。そこでは、芸術と云われるものは、作家の創った絵のなかにあるのでもなく、オーナーの側にあるのでもなく、私たちが生みだす互いの眼差しの交わるところにありました。 私はそれを画廊と呼んできました。
作品は厳密には言葉だとはいえません。それは言葉になりたくても、なりきれなかった言葉たちです。それは沈黙のなかに溶け込んでしまったもの。音のなかに砕け散ってしまったものです。私はその沈黙の側にある言葉たちの存在に気づきました。此処が芸術の存在する場所なのです。
私は芸術を壁の染みから学びました。刻一刻と移ろいゆく雲からは無限の変化する力を学びました。光を食べる植物からは、暗い地中に根を下ろしてゆく勇気を学びました。それら一つ一つの自然の力が生きている場所を〈芸術の野原〉と呼ぶことにしています。この場所は各自のあるがままの存在が問われるところなのです。
私は幼い頃、牧草の匂いにつつまれながら子供時代を過ごしてきました。その世界は、命のふきだまりのまま輝いていました。恐らくあの世界に匹敵する作品を私は捜し続けているんだと思います。 私はこれからもずうっと、永遠の野原を捜し求める子供のまんま生きていくんだと思います。 この場処がアート・ソサエティの実り多き空間となり、「明日」への芸術の懸け橋になることを希ってやみません。
香月人美
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